もしかしたら。


こんな野球にしか能がないバカな男を好いてくれる人はもう現れないかもしれないんだけど。


こんな幸運がまた巡ってくるなんてないのかもしれないんだけど。


分かった、じゃあ試にいっちょ付き合ってみますか、って言う事だってできるはずなんだけど。


簡単な事なんだろうけど。


でも、おれにはできない。


「おれ、鞠子と付き合えない」


なんでもっとこう……。


激苦の粉薬をオブラートに包み込むみたいにやんわりとした言い方ができないのだろうか。


「おれは鞠子を恋愛対象として見る事はできない。ごめん」


なんで、こんな言い方しかできねえのかな。


なんで……。


おれは、今、鞠子を恋愛対象として見る事ができないのだろう。


「ごめん。鞠子」


なんで、鞠子の気持ちに応えてやれるだけの余裕も、器も、おれは持ち合わせていないんだろう。


「ありがとう。鞠子」


顔を上げて、真っ直ぐ、声を飛ばした。


たった一枚のドアの先に居るだろう、彼女に。


帽子をがぶっと被る。


鞠子。


君がくれたその気持ちに、心から、感謝。


「嬉しかった。すっげえ、嬉しかった! ありがとう!」


カタン。


と物音がしただけで、やっぱり、返事はない。


やっぱり、もしかしたら、明日から気まずくなってしまうのかも分からない。


でも、もし、そうだとしても。


「一緒に、目指そうな。甲子園」


それでも、おれは、信じている。


おれたちは、必ず。


一緒に同じ夢を追いかける仲間でいられるって。


「また、明日な! 鞠子」


無反応のドアに一礼して、素早く踵を返す。


重い門扉をグギギ……と閉めると、塀に寄り掛かっていた菊地先輩が、


「平野」


呆れ気味の笑顔でおれに言った。


「お前ってさ、嫌になるくらい真っ直ぐだな。うぜえよ」


「すいません」


と肩をすくめたその時だった。


バッターン、と激しい音がして、


「修司!」


玄関から飛び出して来て、門扉から身を乗り出したのは、笑顔の鞠子だった。