「つまんない……ねぇ?」
少女は男を踏みつけた。
淡いピンク色の薄い唇には細い三日月を浮かべ、足を高く上げては踏みつける。
何度も、何度も何度も………繰り返し。
悦楽に浸るかのように。
いや、踏みつけることに悦楽しているわけではないのだが。
そう、少女にとって踏みつけること自体はただの行為でしかない。
行為でしかないことに悦楽するわけはない。
白いスカート……いや純白だった"赤い"スカートが翻る。
一旦、その行為をやめた。
そして期待に胸を添えるかのように
「もっと対抗心をみせて?」
と言い、コテンと首を傾げる。
だが男はそんな少女の期待には応えず、泣きじゃくるばかりであった。
……ある意味シュールな光景と言えるだろう。
少女よりも遥かに一回り、二回りも歳を重ねているはずの男が、涙で頬や服を……そして地までも濡らしながら、ごめんなさいと謝り続けているのだから。
「やっぱり……この世には真っ直ぐに生きた"あの人達"のような人はいないのね」
ただ義務的に謝り続ける男に少女は蔑みの視線を送りながら、呟いた。
だが、男には聞こえていなかったようだ。
……当たり前だ。
謝り続けることしかしていない男の耳には自分の恐怖に震える声しか入っていないだろう。
そもそも、少女の声も儚く、この夜の闇に消えていきそうなほどの小さなものだったのだから当たり前だと言ったら当たり前になる。
すると少女は男に背を向け、闇のほうへと歩きだせば"あの人達"のことを思い出すのだった。
一歩、一歩を踏み締めるたびに一場面、一場面と思い出す。
美しくとも儚くとも、真っ直ぐに自分の意思を突き通した"あの人達"を……。
そして肩を震わせた。
頬は紅潮し、なんとも言えない喜び……いや、悦びを隅から隅まで味わっているような表情(かお)をしている。
すると少女は恍惚とも歓喜とも言える声でこう言った。
「士道こそが人間の美学、そして敬い尊うべきものだよ‼」
…………ーーーーーー。
「ねぇ、知ってる?うちの町に変な奴がいるの」
「知ってる、知ってる!今、有名な奴だよね」
二人の女子高生が騒いでいる。
おそらく部活をやっていたのだろうか、暗い夜道を歩いていた。
ここは町の某所………というよりは村の某所のほうが正しい。
「まったく、こんな田舎に狂愛者だなんて………」
「しかも、そいつが好きな奴ってあの"新撰組"なんでしょう?痛々しい……♪」
笑い声が聞こえる。
だが、
「ねぇ、それって私のこと?」
その一言で消えた。