帰り道はノンストップで高速を走った。
渋滞がなければ六時過ぎには地元に着くという。
「実はね、あっちのウィステリアホテルにも予約が取ってあるんだ。ディナーはいかが?」
びっくりしすぎてきょとんとしてしまう。
「出かけるときに栞ちゃんと蒼樹には話してきてるから、家のほうは大丈夫だよ?」
「なんか、色々としてもらいすぎてどうしましょう……」
「あのね、僕がやりたくてしていることだから、そういうところはいちいち気にしないの」
「でも……」
「じゃぁさ、この間の約束を履行して?」
「……クッキーですか?」
「そっちじゃない。土曜日にお昼ご飯を作ってくれるっていうほう」
「本当にそれでいいんですか?」
「ぜひ、お願いします」
夕方だからか、秋斗さんはサングラスをしていない。
それはそれで、さっきとは雰囲気が違ってドキドキする。
どうしてだろう……。
最近は格好いい人が周りに多くてちょっと困る。
今までは蒼兄だけだったのに……。
こんなの、いつになったら慣れるんだろう……。
帰りは少しスピードを出したのかもしれない。
六時前には藤倉市街に着いていた。
ただ、日曜日の夕方ということもあり、市街のほうが渋滞していて、
「あと少しで目的地なのに」
秋斗さんが零す。
私は、秋斗さんがセレクトしてくれた曲を聴いているのが楽しくて、渋滞はさほど気にならなかった。
それもそのはず。十曲に一度の割合でカーペンターズの「Close to you」が流れるのだ。
「この曲、好きな人の側にいたいって歌詞だよね?」
「はい……。あなたが近くにいると、いつも急に小鳥たちが姿を見せる。きっと私と同じね。小鳥たちもあなたの側にいたいのね――。なんだかその光景が見えてくる気がして……」
「その先もきれいな歌詞だよね? 星が空から降ってくる、とか」
「そうなんです! 好きな人ができたら世界がこんなふうに見えるのかな、って……。ちょっと憧れちゃう」
「……意外とドロドロした世界だったらどうする?」
「……夢を壊さないでください」
楽しく話していれば渋滞なんてすぐに抜けてしまう。
市街のメイン通りに入って少し走ると、ウィステリアホテルの地下駐車場に入った。
ホテルに着いて不安が生まれる。
私、かなりカジュアルな服装だけど、こんな格好で行っていいのかな……。
車から降りると、
「まずはこっちね」
と、二階へ連れて行かれた。
案内された場所はウェディングドレスがたくさん並ぶ部屋。
「秋斗さん……?」
隣の秋斗さんを見上げると、にこりと笑む。
「園田さん、この子お願いできますか?」
カウンターに佇む女性に声をかける。と、
「承ります。ずいぶんとかわいらしいお嬢様をお連れですね」
「そうでしょう?」
「秋斗さんっ――」
「翠葉ちゃん、かわいくドレスアップしておいで」
言われて、私の手はその女性へと渡されてしまった。
「ご心配なさらなくても大丈夫ですよ。私、園田陽子(そのだようこ)と申します。お嬢様のお名前をおうかがいしてもよろしいですか?」
「御園生翠葉です……」
「とてもすてきなお名前ですね」
にこりと笑むと、園田さんは秋斗さんに向き直った。
「十分ほどお待ちください」
言うと、私はドレスが並ぶ奥の部屋へと連れて行かれた。
「園田さん……ここは?」
「ここは貸衣装店、マリアージュです。本日はディナーの席に相応しいドレスをと承っております」
そんなこと聞いてない……。前もって話してくれれば良かったのに……。
私の顔色を察してか、
「ご存知ではなかったのですね。秋斗様もお人が悪い……」
言いながらもてきぱきとドレスを選んで手に取る。
「翠葉お嬢様は細くてらっしゃいますね。……七号か五号か――」
言いながらいくつかのドレスを前に並べられた。
「この中でお好きなものはございますでしょうか?」
右から白、黒、濃紺、ベージュ、薄いグリーン、ピンクと並ぶ。
「……グリーンのを」
それはチューブトップになっていて、ウエストから膝下にかけて何枚もの花びらが重なったようなデザインのドレスだった。
少し高めの位置にウエストマークがついていて、ベルベッドのリボンがついている。
「お嬢様はお肌が白くてらっしゃいますので何色でもお似合いになりますね。では、こちらのフィッティングルームでお着替えください。靴のサイズはおくつでしょう?」
「二十二半です」
「かしこまりました」
フィッティングルームのカーテンが閉まり唖然とする。
なにがなんだか……。
頭の中が真っ白だった。
それでも人を待たせていることに変わりはなく、急いでドレスに着替える。
カーテンを開けると、そこにはシルバーの華奢な靴が用意されていた。
高さは四センチくらいだろうか。
このくらいならふらつくことなく歩けるとは思うけど……。
「翠葉お嬢様、お似合いですよ」
園田さんに促され、フィッティングルームの隣にあるパウダールームへ連れて行かれる。
鏡の前に座ると、
「お化粧はせずに、髪型だけ整えましょう」
鏡越しに言われ、「お願いします」と口にした。
園田さんはコームとゴム、ピンを使って髪の毛をハープアップにしてくれた。
普段は髪の毛を結うということをしないので、鏡の中の自分がとても新鮮に見えた。
それはドレスの効果もあったかもしれない。
「仕上げはこちら」
そう言って付けられたのはネックレスだった。
シルバーのチェーンに通されているのはゴールドの葉っぱと、透かし網でできた立体的なシルバーのハート。
ふたつが可憐に揺れていた。
「かわいい……」
「こちらは秋斗様からのプレゼントとのことです」
「えっ!?」
「秋斗様は本当に何も仰られてないのですね」
クスクスと笑われる。
「さ、あちらで秋斗様がお待ちです。参りましょう」
園田さんに誘導されてカウンター前に座っていた秋斗さんのもとまで行く。と、
「きれいにドレスアップしたね」
「あの……私、今、何が起こってるのかわからなくて……」
「だろうね?」
私たちのやり取りに、
「秋斗様、あまり意地悪しますと嫌われてしまいますよ?」
園田さんが口を挟む。
「そうですね。でも、驚いた顔を見たくなる子なので……。園田さん、ありがとうございました」
そんな会話を聞いても私の心臓はおとなしくならない。
不安に胸を押さえると、
「翠葉ちゃん、緊張しなくていいよ。行き先はレストランの個室だから」
どこへ行くと言われても、この緊張は払拭されそうにない。
「お嬢様、すてきなディナーをお楽しみください」
園田さんに見送られ、そのショップをあとにした。
渋滞がなければ六時過ぎには地元に着くという。
「実はね、あっちのウィステリアホテルにも予約が取ってあるんだ。ディナーはいかが?」
びっくりしすぎてきょとんとしてしまう。
「出かけるときに栞ちゃんと蒼樹には話してきてるから、家のほうは大丈夫だよ?」
「なんか、色々としてもらいすぎてどうしましょう……」
「あのね、僕がやりたくてしていることだから、そういうところはいちいち気にしないの」
「でも……」
「じゃぁさ、この間の約束を履行して?」
「……クッキーですか?」
「そっちじゃない。土曜日にお昼ご飯を作ってくれるっていうほう」
「本当にそれでいいんですか?」
「ぜひ、お願いします」
夕方だからか、秋斗さんはサングラスをしていない。
それはそれで、さっきとは雰囲気が違ってドキドキする。
どうしてだろう……。
最近は格好いい人が周りに多くてちょっと困る。
今までは蒼兄だけだったのに……。
こんなの、いつになったら慣れるんだろう……。
帰りは少しスピードを出したのかもしれない。
六時前には藤倉市街に着いていた。
ただ、日曜日の夕方ということもあり、市街のほうが渋滞していて、
「あと少しで目的地なのに」
秋斗さんが零す。
私は、秋斗さんがセレクトしてくれた曲を聴いているのが楽しくて、渋滞はさほど気にならなかった。
それもそのはず。十曲に一度の割合でカーペンターズの「Close to you」が流れるのだ。
「この曲、好きな人の側にいたいって歌詞だよね?」
「はい……。あなたが近くにいると、いつも急に小鳥たちが姿を見せる。きっと私と同じね。小鳥たちもあなたの側にいたいのね――。なんだかその光景が見えてくる気がして……」
「その先もきれいな歌詞だよね? 星が空から降ってくる、とか」
「そうなんです! 好きな人ができたら世界がこんなふうに見えるのかな、って……。ちょっと憧れちゃう」
「……意外とドロドロした世界だったらどうする?」
「……夢を壊さないでください」
楽しく話していれば渋滞なんてすぐに抜けてしまう。
市街のメイン通りに入って少し走ると、ウィステリアホテルの地下駐車場に入った。
ホテルに着いて不安が生まれる。
私、かなりカジュアルな服装だけど、こんな格好で行っていいのかな……。
車から降りると、
「まずはこっちね」
と、二階へ連れて行かれた。
案内された場所はウェディングドレスがたくさん並ぶ部屋。
「秋斗さん……?」
隣の秋斗さんを見上げると、にこりと笑む。
「園田さん、この子お願いできますか?」
カウンターに佇む女性に声をかける。と、
「承ります。ずいぶんとかわいらしいお嬢様をお連れですね」
「そうでしょう?」
「秋斗さんっ――」
「翠葉ちゃん、かわいくドレスアップしておいで」
言われて、私の手はその女性へと渡されてしまった。
「ご心配なさらなくても大丈夫ですよ。私、園田陽子(そのだようこ)と申します。お嬢様のお名前をおうかがいしてもよろしいですか?」
「御園生翠葉です……」
「とてもすてきなお名前ですね」
にこりと笑むと、園田さんは秋斗さんに向き直った。
「十分ほどお待ちください」
言うと、私はドレスが並ぶ奥の部屋へと連れて行かれた。
「園田さん……ここは?」
「ここは貸衣装店、マリアージュです。本日はディナーの席に相応しいドレスをと承っております」
そんなこと聞いてない……。前もって話してくれれば良かったのに……。
私の顔色を察してか、
「ご存知ではなかったのですね。秋斗様もお人が悪い……」
言いながらもてきぱきとドレスを選んで手に取る。
「翠葉お嬢様は細くてらっしゃいますね。……七号か五号か――」
言いながらいくつかのドレスを前に並べられた。
「この中でお好きなものはございますでしょうか?」
右から白、黒、濃紺、ベージュ、薄いグリーン、ピンクと並ぶ。
「……グリーンのを」
それはチューブトップになっていて、ウエストから膝下にかけて何枚もの花びらが重なったようなデザインのドレスだった。
少し高めの位置にウエストマークがついていて、ベルベッドのリボンがついている。
「お嬢様はお肌が白くてらっしゃいますので何色でもお似合いになりますね。では、こちらのフィッティングルームでお着替えください。靴のサイズはおくつでしょう?」
「二十二半です」
「かしこまりました」
フィッティングルームのカーテンが閉まり唖然とする。
なにがなんだか……。
頭の中が真っ白だった。
それでも人を待たせていることに変わりはなく、急いでドレスに着替える。
カーテンを開けると、そこにはシルバーの華奢な靴が用意されていた。
高さは四センチくらいだろうか。
このくらいならふらつくことなく歩けるとは思うけど……。
「翠葉お嬢様、お似合いですよ」
園田さんに促され、フィッティングルームの隣にあるパウダールームへ連れて行かれる。
鏡の前に座ると、
「お化粧はせずに、髪型だけ整えましょう」
鏡越しに言われ、「お願いします」と口にした。
園田さんはコームとゴム、ピンを使って髪の毛をハープアップにしてくれた。
普段は髪の毛を結うということをしないので、鏡の中の自分がとても新鮮に見えた。
それはドレスの効果もあったかもしれない。
「仕上げはこちら」
そう言って付けられたのはネックレスだった。
シルバーのチェーンに通されているのはゴールドの葉っぱと、透かし網でできた立体的なシルバーのハート。
ふたつが可憐に揺れていた。
「かわいい……」
「こちらは秋斗様からのプレゼントとのことです」
「えっ!?」
「秋斗様は本当に何も仰られてないのですね」
クスクスと笑われる。
「さ、あちらで秋斗様がお待ちです。参りましょう」
園田さんに誘導されてカウンター前に座っていた秋斗さんのもとまで行く。と、
「きれいにドレスアップしたね」
「あの……私、今、何が起こってるのかわからなくて……」
「だろうね?」
私たちのやり取りに、
「秋斗様、あまり意地悪しますと嫌われてしまいますよ?」
園田さんが口を挟む。
「そうですね。でも、驚いた顔を見たくなる子なので……。園田さん、ありがとうございました」
そんな会話を聞いても私の心臓はおとなしくならない。
不安に胸を押さえると、
「翠葉ちゃん、緊張しなくていいよ。行き先はレストランの個室だから」
どこへ行くと言われても、この緊張は払拭されそうにない。
「お嬢様、すてきなディナーをお楽しみください」
園田さんに見送られ、そのショップをあとにした。