「あのね、逆なの。一から数えてもらえる?」
 佐野くんは不思議そうな顔をしたけれど、快く承諾してくれた。
 佐野くんの、高すぎず低すぎずの声が耳の奥に響く。その声に集中するように目をつむった。
「十」という声が聞こえたらボタンを押す。それだけ――。
「――八……九……十」
 人差し指に圧力を感じながら目を開けた。ボタンを押せた。
 携帯を耳に当てなくても、コール音は部屋に響く。
 コール音が鳴るたびに緊張が極限まで高まった。けれど、コール音が途絶えることはなく、あの柔らかな声が聞こえてくることもなかった。
「出て、もらえない……」
『もう九時だけど……仕事かな?』
「仕事かもしれない。けど、この番号、仕事用の携帯なの……」