「オーイ。モドッテコーイ。ソーナンスルゾー」
 単調な呼びかけに視線を上げる。
「ほら、吐いちゃいなって」
 言われて、言葉ではないものが口に溢れる。この感じはよくない。ものすごくよくない。
 私は左手で口元を押さえ、待ってて、を伝えるために右の手の平を果歩さんに見せ、ダッとその部屋を飛び出た。それが精一杯だった。
 後ろ手にドアを閉め、静かな廊下に膝をつく。
 口から生唾が溢れ出る。どうにもできない分量の生唾が。
 手で受け止めるのには無理があった。サラサラとした液体はあっという間に手をすり抜けこげ茶色の絨毯に吸い込まれていく。突如、胃がビクビクと痙攣を起こし、食道を伝ってきた熱いもの――嘔吐。
「御園生さんっ!?」
 少し離れたところから看護師長、小枝子さんの声がした。
 そのあとバタバタ、と足音が聞こえ、今度は「お嬢様っ!?」と声をかけられた。