「あ……」
 エレベーターに乗った瞬間に楓先生が口元を押さえる。
「やばい」という顔。「どうしよう」という顔。
「どうかしましたか……?」
「彼女がいる部屋、十階なんだ。しかも――」
 言葉の先は察しがついた。
 こんな顔をするのはその部屋が、私が記憶を失った部屋だから……。
「……大丈夫ですよ」
「翠葉ちゃん……?」
「楓先生ももう聞いてますよね? 私、記憶が戻っているので……。十階のその部屋に行って何かがネックになることはないです。だから、大丈夫」
 エレベーターの扉が開いて私は降りた。
「本当に平気?」
「平気ですよ?」
 だめな理由はない。ないから、平気。