「ほら、翠葉ちゃんから」
 印籠を見せるようにずい、と眼前に差し出され、しまいには胸元に押し付けられた。
「出なよ。切れちゃうかもよ?」
 切れるならとうに切れている。
 翠は携帯に固執するが、電話をかけることには慣れていない。
 コール音など五回も鳴らせば長いくらいで、こんなに長くコールすることはない。
「司が出ないなら俺が出るよ? で、司がじめじめ泣いてるからどうにかしてってお願いしちゃおうかな?」
「っ……」
 奪われそうになった携帯を強く握りしめた際、うっかり通話ボタンに手が触れてしまった。
 俺はその状況に唖然とする。
『私っ、あのっ――翠葉っ、ですっ』
 携帯を耳に当てるまでもなかった。
 声はそのままでも十分に聞こえる。
 少し高めの、緊張しているような声が。