翠は三歩で越谷との間合いを詰めた。
「な、何よ……」
「……なんでもないわよ」
 小さな声は震えていた。
 俺に放ったときとは全く別の声音で。
 何かを必死に堪えようとしている、そんな声。
 翠が無言になった時間はどれくらいだっただろうか。
 ザザ、と風が吹き、紅葉した桜の葉が散る。
 目の前をヒラリ、と葉が落ちたとき、翠の腕が勢いよく上がった。
 パンッ――。
「きゃぁっっっ」
 乾いた音と越谷の悲鳴が響き、越谷は衝動に堪えきれずに転がる。
 振り下ろされた翠の手は、指先まできれいに揃えられていた。
 ……翠が人を叩く?
 すべてが自分の目の前で起こっていることなのに、何が起きているのか判断できない。
 俺の脳が追いついてこない。