放課後の桜香苑は、大学敷地内にある梅香館へ向かう通り以外に人影はない。
 決してひっそりとしているわけではないが、音という音は自分が歩く音くらい。
 舗装された通りから外れると、足音が変わった。
 乾いた葉を踏めばカサリ、まだ水分を多く含む葉を踏むとぎゅむ、と音を立てる。
 どちらにせよ音が鳴る。
 池に近づくにつれ、少しずつペースを落とし慎重に歩みを進めたが、完全に足音を消すことはできなかった。
 風にさざめく木々の音。
 それに紛れて歩を稼ぎ、ビデオカメラに録画している武明さんの背後についた。
 この位置からだと、池を背に立っている越谷の顔を見ることはできるが、こちらに背を向けている翠の姿は背中しか見えず、表情はうかがえない。
 しかし、その後ろ姿から、翠がどのくらい急いでここへ来たのかは想像することができた。