俺とじーさんは宿泊客に顔が割れている可能性が高い。
 中には声をかけてくる人間もいるだろう。
 もっとも、それ自体が問題なのではなく、俺たちを見た宿泊客の会話から、俺たちがここへ来ていることが彼女の耳に入ることが問題。
 よって、表に姿を晒すのは極力避けたい。
 じーさんもそう思ってバックヤードに留まっているのだろう。
 そうでなければ、早々にこの部屋を訪れているはず。
 つまり、じーさんはまだ彼女に自分の正体を明かすつもりはない、ということ。
 藤宮財閥会長としてではなく、あくまでも陶芸作家「朗元」として彼女に会うつもりなのだろう。
「っていうか、着いたら着いたで連絡の一本くらいよこせよ……」
 俺は携帯に向かって文句を言い、木田さんの手配を待った。