「オアシスだなんて……。私、泣いてばかりだったのに」
「やっぱりペインの治療は怖い?」
「……怖いです。正直に話すなら、受けなくていいものならもう受けたくないくらいには」
「そっか……。そうだよね、ペインを使わずにこの夏を乗り切れるといいね」
 言うと、楓先生の左手が目元に伸びてきた。
「そろそろ目を瞑って寝てごらん。点滴もあと二時間ないくらいだ。痛みが引いているうちに寝ちゃったほうがいい。サイドテーブルには筋弛緩剤が置いてあるから、痛みがひどくなる前に飲んでごらん。姉さんには俺から連絡を入れておくから」
「はい」
 答えたあとも、目元から手が離れることはなかった。
「目をあたためると気持ちいいでしょう?」
 と、柔らかな声音。
「あたたかさが柔らかくてほっとします」
「寝付くまでこうしてるから寝ていいよ」
 高崎さんも若槻さんも蒼兄と似た感じで接することができる。でも、楓先生はより蒼兄に近い存在に思えた。
 この手には甘えていい――。
 そう、自分の中にあるバロメーターが傾くのだ。
 出逢ってからの時間がものを言うのか、それとも地の底にいたような自分を見られたことがある人だからそう思えるのか……。
 そんなことを考えているうちに、真っ暗な海へ沈み込むように意識を落とした。