蒼兄と司先輩が部屋を出てからは、暗闇の中で楓先生と少しだけお話しをした。
 点滴をしている手首を先生の手があたためてくれていた。
「学校は楽しい?」
「はい、とても……」
「それは良かった。みんなで夕飯を食べたとき、みんなと一緒に笑ってる翠葉ちゃんを見てほっとした」
「ふふ、入院してるときは泣いてばかりだったから」
 それを思い出すと少し恥ずかしい。でも、思い出すのはそれだけじゃない。
「私は楓先生の笑顔を見るとほっとします。入院していたとき、一緒にお昼ご飯を食べてくれたり、時々中庭に連れ出してくれたでしょう? そのときのことを思い出すんです」
 私は病室にいることが嫌で、でも人が付き添わないときは中庭にすら出ることができなくて、鬱屈としているときに限って楓先生が来てくれたのだ。「外でサンドイッチでも食べようか」と、にこりと笑って。
 そんなときは白衣を脱いで車椅子を押してくれた。
 不思議と、病室では食べれなかった固形物もそんなときだけは口にすることができて、あの頃は楓先生が魔法使いなんじゃないかと真面目に疑いもした。
「あぁ、俺も覚えてるよ。まだ医者になりたてで、右も左もわからない中、唯一のオアシスが翠葉ちゃんだったからね」
 そういえば、中庭にハープを持っていって弾いたこともある。
 まだ一年も経っていないのに、ひどく懐かしいことのようによみがえる記憶。