小さい頃から蒼兄に何度となく髪の毛を乾かしてもらってきた。でも、最近はそんなに頻繁ではなくて、久しぶりの申し出にどうしたのかな、と思う。
 髪を乾かし終え、最後のブラッシングをしている際に声をかけられた。
「翠葉」
「ん?」
「好きな人ができたら教えて?」
 急な話でびっくりする。
「な、何っ!? 突然」
「……そんな驚かなくても」
 クスクスと笑うけど、急にこんな会話なのだ。誰でも驚くと思う。
「今まで、そういう話してこなかったなぁ、と思ってさ。この間、車でそんな話をしただろ。思い出したらそっち方面の話を少し訊きたくなっただけ」
 あぁ、と思う。
「蒼兄、私、初恋もまだなのよ?」
 言うと、まじまじと見られた。
「それって冗談じゃなかったの?」
 と。
「……冗談じゃなくて。……おかしい、かな?」
「いや……別におかしいとかそういうことじゃなくて」
 飛鳥ちゃんにも驚かれたなぁ、と思いながら話を続ける。
「だって、小学校中学校とあまり通えていなかったし、今ほど周りに男子がいる環境にはなかったから」
 補足説明をすると、「あぁ、そうか」と納得された。
「だからね、佐野くんが飛鳥ちゃんを好きって話を聞いて、飛鳥ちゃんが秋斗さんを好きって聞いて、そういうの本の中だけじゃないんだなぁ、って思った」
 蒼兄は意味がわからないという顔をする。
「うーんと……。私、まだわからなくて……。本でどんなに情感のこもった文章や言葉が出てきても、私にはわからないの。だから、目の当たりにして、あぁ、こういうことってあるんだな、って思ったの。でもね、やっぱり自分が誰かを好きになるっていうのは想像しがたくて……。だって、その"好き"は家族や友達を想う"好き"とは別の種類なのでしょう?」
 訊くと、
「そうだなぁ……。別物なんだろうな」
 どうも座り悪い答えが返された。
「俺も、実のところはよくわからないんだ」
「え?」
「今まで彼女って存在がいたこともあるけれど、じゃぁ、その相手が好きだったかと訊かれたら、胸を張ってYESとは言えない感じ」
「男の人はそういうものなの?」
「いや、違う……。ちゃんと相手が好きで付き合ってる人とそうでない人と、色々いるかな? 付き合うことをゲームのようにとらえている人もいるし、真剣に付き合ってる人もいる」
「なんか、やだな……」
 視線を床に落とすと、ソファーに座っていた蒼兄が私と同じラグの上に座り直した。
「そうだよな。自分が真剣なのに、相手が違ったら嫌だよな。……だから、本当に好きな人ができるまでは彼女作らないことにしたんだ」
 そんな言葉にほっとしてしまう。
「俺はどうも彼女と翠葉を比べる悪い癖があるらしい」
「……比べてどうするの?」
「……とくにどうするってわけじゃないんだ。ただ比べちゃうだけ。でも、相手はひどく嫌がる。それが原因で長続きしたことはないっていうか……。一概に俺が悪いんだとは思うんだけど……」
 蒼兄は苦笑を浮かべた。
「だから、翠葉と比べずにいられる女の子を好きになるまで待つことにした。翠葉と同じくらい大切にできる子が現れるまで」
 今度は穏やかで優しい笑みを向けられる。
「じゃぁ、私は蒼兄くらい私のことを大切にしてくれる人じゃないとダメだね」
 ふたりの笑い声がリビングに響く。
「じゃないと俺が許せそうにない。……でもさ、恋はしようと思ってするものじゃないと思うから。だから、きっと知らないうちに誰かを好きになっちゃうんだろうな」
 少し遠くを見ながら言う蒼兄に、
「それじゃ、まるでトラップみたいだよ」
 言うと、蒼兄がクスクスと笑った。
「私もね、私と同じくらい蒼兄を大切に想ってくれる人が蒼兄の相手じゃないと嫌だな」
 ハーブティーを淹れ、寝る直前までそんな話をしていた。
 蒼兄は病的にシスコンかもしれない。私も筋金入りのブラコンかもしれない。
 でも、それはとても仲がいいということで、何もおかしいことじゃないと思う。
 私は胸を張って蒼兄が大好きと言える。
 そう言える自分のことは少しだけ誇らしく思えた。