栞ちゃんが入ったその部屋は、ドアが開けられたままになっていた。廊下から若槻に声をかける。
「若槻、ちょっと付き合えよ」
「……マジでっ!?」
 この反応、女漁りに行くとでも思われているのだろう。
 違うから……。
 修理に出すと時間かかるから機種変して、元通りに復元するためにおまえのところで作業するほうが精神衛生上いいってだけだ。
 携帯を買って、またこのマンションに戻ってくることは考えたくなかった。
 戻ってきたところで彼女に会えるわけじゃない。今の彼女に会ったら怯えさせるだけだ。けれども、こんな目と鼻の先に彼女がいる。
 会える回数が増える、距離が縮まる、そんなふうに考えたのは数日前のこと。
 今はそれすら苦行のようだ。
 しばらくホテル住まいでもしようか?
 どちらにせよ、一度家に戻ってノートパソコンだけは持っていく必要がある。携帯が壊れた今、俺の連絡手段はメールのみだ。それでも、若槻を連れていれば蔵元が困ることはないだろう。
 腕時計を見れば七時過ぎ。蔵元はまだ本社に残っているだろう。
 携帯を買ったら蔵元もピックアップして男三人で飲むのもいいかもしれない。
 少し彼女から離れない、何よりも大切な彼女を壊してしまいそうだ――。