光のもとでⅠ

 さっきはかばんやケーキがあったから葵を呼んだが、とくに持つものがない今は誰を呼ぶ必要もない。
 九階では彼女が進んでドアを開けてくれるだろう。早く俺から離れたい一心で。
 それも嬉しくないけど、ここで葵を呼んでまた葵に逃げられるのを見て平常心でいられるほど大人でもないみたいだ。
 ……俺、どうしてこんなにも余裕がないかな。
 自分で自分の欲求を抑えられる自信がまったくない。これじゃ彼女が怯えても仕方がない。
 会話なくエレベーターホールでエレベーターを待っていると、一階から上がってきたエレベーターに蒼樹と若槻が乗っていた。
 それに気づいた彼女は、「蒼兄っ」と胸から離れる。
 言葉も何も出なかった。
「危ないっ」と、すぐさま彼女を受け止めたのは若槻で、その場の男はみんな肝を冷やしただろう。
「翠葉ちゃん……今のはないんじゃないかな」
 こんなことが言いたいんじゃない……。
 怪我がなくて良かった、とそう思っても口にできない何かがあった。
 彼女はこちらを見て怯えている。
 若槻に抱きとめられた彼女を蒼樹が抱き上げる。と、蒼樹の首に両腕を回し、抱きつくようにも縋りつくようにも見えなくはなかった。
「秋斗さん、リィに何かした?」
「とくには? 恋人にすることをしたくらいじゃないかな」
 いつものように笑みを浮かべてみたものの、自分がしっくりこない。
 気になるのは彼女の思いのみ。