「おはよう」
 声をかけると、確認するように自分の首もとに視線をやり、俺に視線を戻す。
 これは説明を求められているのかな。
「あぁ、ごめんね。すべすべの肌に触りたくなっただけ」
「……そうだったんですね」
 気の抜けた返事があり、それで終わってしまう。
「あれ? それで終わり?」
「え……?」
「……いや、こっちの話」
 首筋は感じないのだろうか?
「とりあえず、うちに移ろうか」
 彼女は恥ずかしそうにコクリと頷いた。
 まずは高崎を呼ぶべきかな。
 コンシェルジュルームに電話をすると、ワンコールで葵が出た。
「今から来れる?」
『大丈夫です』
「じゃ、お願いね」
 電話を切って思い出す。
 昨夜遅くまでダイニングで仕事をしていたこともあり、社外秘の資料がテーブルの上に出たまま――。
「どうかしたんですか?」
「社外秘のものが出たままだ。どうするかな……」
 そう思っているうちに葵がやってきた。
「葵、ちょっと待ってて。俺、上を少し片付けてから戻ってくるから」
「了解です」
 俺はケーキボックスとアタッシュケースを持って十階へ上がると、ダイニングテーブルに広げていた資料をかき集めた。
 改めて見ると結構な分量だ。ざっと見ただけでもダンボール一箱分はあるだろう。
 若槻に資料を探させるとこういうことになる。それを蒼樹に頼むとファイルひとつで済むのだから人間の性格が出るというものだ。
 そんなことを考えながら片付けると、ケーキボックスを冷蔵庫に入れて部屋を出た。