廊下を歩きながら思う。
 俺はまだ何もしていない。
 秋兄はそれなりに努力をして翠に近づいたと思う。
 気持ちだって散々伝えてきたのだろう。そうでなかったらあの鈍感が気づくわけがない。
 その点、俺は何も伝えていない。ほのめかしたくらいじゃ気づかないなんてことは茜先輩にも言われていた。
 それでも直接的な言葉を伝えないのは、伝えることに躊躇しているからではなく、今はその時期じゃないと思っているから。
 じゃぁいつその時期が訪れるのか――。
 そんなことは俺が一番知りたいと思ってる。
 けど、今じゃないことは確かだ。今伝えたところで翠を困らせるだけ。
 それは俺の望むところではない。
 今は少しでも体の復調を優先させたい。
 何よりも、翠が学校へ行きたがっているのだから……。

 ドアの前に立ち軽くノックをすると、中から「はい」と澄んだ声が聞こえてきた。
「俺だけど……」
「どうぞ」
 ドアを開けると、こちらに体を向けて横になっている翠と目が合った。
「具合は?」
 訊きながら窓際に座る。