ペコリ、浅くお辞儀をすると、
「翠葉ちゃん、感情を全部解放してごらん」
 かい、ほう……?
「歌にね、全部解放するの。ピアノを弾くときと同じだよ。すっごく楽になるから。この曲で翠葉ちゃんの歌はラストだよね? だから、伝え残しがないように、全部……全部、解放してごらん」
「……そんな表現力、あるかな」
「表現力はね、伝えたい想いがあれば必ず追いついてくれるから。媒介がピアノじゃなくなるだけ。音楽に違いはないんだよ」
 芯のある、強い声音で言われた。
 茜先輩の言葉を疑っているわけじゃない。
 けれど、「はい」と答えるだけの気持ちは見当たらず、曖昧に笑ってステージ中央へ戻った。