図書棟を出るとすごい人だった。
「涼を求めて」と言っていたけれど、これでは風も通らないだろう。
 たとえるならば、花火大会の人ごみ。
 中にはテラス階段から下へと下りて行く人もいる。けれど、下は下で下の出入り口から出てくる人がいるわけで……。
 見渡す限り、人人人、の状況に絶句してしまう。
「はぐれそうだから、手をつなぐか俺のジャージの裾掴んでて?」
 前を歩いていた佐野くんに言われ、
「お願いします……」
 と、手をつないだらびっくりした顔がこちらを向いた。
「何?」
「……いや、御園生って男子苦手じゃない?」
「うん、少し……」
「だから、まさか手をつながれるとは思わなかった」
「……たぶんね、苦手、というよりは慣れてないだけなんだと思うの」
 佐野くんはつないだ手を目の高さまで持ち上げ、
「俺は?」
 と、訊いた。
「それね、さっき少し考えていたのだけど、よくわからないの。海斗くんには大分慣れてきたという自覚があって、でも、佐野くんのほうが落ち着いて一緒にいられるみたい」
「……そっか。それは光栄なことで」
 と、飛び切りの笑顔を返された。
「じゃ、行きますかっ」
 手を引かれ、いざ人ごみの中へ……。
 人酔いしそうだったから、佐野くんの背中だけを見て歩いた。すると、意外と早くに体育館の中へ入れた。
 クラスメイトがいる観覧席へと戻ると、
「あ、佐野っ! 無事、翠ちん回収してこれたのね」
 理美ちゃんにおいでおいでされる。
 理美ちゃんのところまで行くと、クラスの人がわさわさ集まってきた。
 そこで、「重大発表がある」と言われて少しかまえる。
 周りから、「お願いがあるんだ」と口々に言われた。
「お願い……?」
「うん」
「なんだろう……? 私に聞けるものなら聞くけど……」
「大丈夫! 翠ちんならできる!」
「……何?」
 訊くと、
「さっきね、翠葉ちゃんがいないときにクラスみんなで話し合ったの。もちろん、飛鳥も携帯で参加してたよ。その結果、総代表は翠葉ちゃんがいいって意見しか出なくって」
 理美ちゃんに言われてびっくりした。
「え……でも、私、試合には出ていないし……。サッカーが優勝したのだから、サッカーに出てた人のほうがいいんじゃないかな?」
 つい助けを求めて佐野くんを見てしまう。
「俺もさっき知ったんだけど、表彰っていくつもあるらしいんだ。種目別と総合と。それの種目別は各種目に出てた人間が表彰台に行くことになってる。けど、総合表彰はクラス代表者なんだって」
 それならクラス委員が行くものではないの……?
「俺と簾条は実行委員サイドだから無理」
「そうなの……?」
「そうなの」
 頼みの綱がプツリと切れた感じ。
「御園生ちゃん、今日一日応援がんばってくれたでしょ?」
 と、バスケに出ていた小川圭太(おがわけいた)くん。
「うんうん、うちのクラスの勝利の女神だからね」
 と、聖子ちゃん。
「翠葉、引き受けてよ」
 と、海斗くんが隣に座った。
「推薦したのは桃華だけど、だからって言うわけじゃなくて、みんな翠葉がいいって言ったんだ。だから、うちのクラスの表彰状もらってきて」
 今となってはみんなに囲まれて輪の真ん中にいる。みんなの視線が自分に集まっているのがわかり、ぐるりと周りを見回した。
「翠ちん、お願いっ!」
 理美ちゃんが顔の前で手を合わせてお願いポーズをすると、みんながみんなそのポーズになってしまう。
「あっ、わっ……私でよければ……」
「やったーーーっっっ!」
 みんな飛んだり跳ねたりして喜んでくれる。
 私はそれに呑み込まれるみたいにもみくちゃにされた。
 周囲にいたほかのクラスの人たちは、「何事!?」って顔をするくらいのはしゃぎぶり。
 私はというと、大役を任された気がして少し不安になっていた。
「不安そうな顔してる」
 佐野くんに言われて苦笑い。
「大丈夫。ただ、台に乗って賞状とカップもらうだけだから」
 佐野くんが指差したコートを見ると、さっきまで各コートを仕切っていたネットもボールもなくなっていた。きっと、忙しなく働いている体育委員が撤去したのだろう。
 そして、そこには新たに表彰台が設けられた。
「え……あれに乗るの?」
 思わず訊いてしまったのは、表彰台がとても高く見えたから。
 サイコロのようなボックスは凸の形に置かれ、種目別に並べられる。
 ここから見るとそこまで大きくは見えないのだけど、人の身長と比較してみるとずいぶんと高い台のように思えた。
「大丈夫だよ。俺や簾条も実行委員として側にいるし」
 言われて少しほっとする。
「が、んばる……。でも、どうしよう……。今日はドキドキしてばかりで心臓が壊れちゃいそう」
 言うと、海斗くんと佐野くんにまじまじと見られた。
「翠葉が言うとしゃれになんないからやめて」
「確かに……。御園生、しゃれになんない。言われた俺たちの心臓を考慮してください」
 真顔で言われて思わず吹き出す。
「ふたりとも蒼兄みたい」
 おかしくて、しばらくは笑いが止まらなかった。

 蒼兄、学校ってとても楽しいところなのね。
 友達って、とてもあたたかいものなのね。
 少し遅いかもしれないけれど、でも、私、知ることができたよ。
 これだけで十分すぎるほど幸せ。
 ひとつ、かけがえのない思い出ができたよ。

『それでは。すべての集計が出ましたので最後の締め! 表彰式開会いたしますっ! 各種目、三位までの代表者と全二十四クラスの代表者のみなさん、コート中央までお集まりくださいっ!』
 アナウンスを聞いて、放送室を見てしまう。最後の最後まで飛鳥ちゃんの元気な声が響いていた。
「翠葉、There's always something you can do! あとで調べろよ!」
 海斗くん……私、英語は本当に苦手なの。
 でも、今のは――。
「することができる。……何か、いつも、~がある……だから――いつだって何かできることはある?」
 海斗くんを見上げると、屈託のない笑顔が返された。
「正解っ! なんだ、全然苦手じゃないじゃん。ほら、行くぞっ!」
「うん!」