夏、入院してからはこの録音機器が使われたことはなかった。
 その録音機器を持ち出し、相馬先生は聞いてほしいと仰られた。
 最終的な判断は俺に一存されたけれど、聞く聞かないの選択肢があったとして、そんなものはないに等しい。
 こんな形であっても娘の心の声を知りたいと思うのは親のエゴかな……。
 イヤホンから聞こえてきた声は夏に聞いていたものとは全く違うものだった。
 翠葉がこんなふうに話すところを俺たちは見たことがない。
 何って、話している人の声が割れていた。
 高性能マイクだとは聞いていたが、それでも人の声が割れて聞こえるくらいの声量で怒鳴り、叫んでいる。
 翠葉の泣き声も叫び声も嗚咽も、何もかもがそこにはあった。
 聞いていくほどに胸を締め付けられ、手に汗を握る。
 こんな思いをどうして今まで吐き出させてあげることができなかったのだろうか、と。