「時間だね。行っておいで」
 俺は久しぶりに触れた彼女の手を放した。
「カップはそのままでいいよ」
 君がここにいたという痕跡を残しておきたいから。
「……はい。お邪魔しました。あと、ご馳走様でした。……それから、ありがとうございます」
 瞳を揺らしながらも目を合わせてお礼を口にする彼女が愛しい。
「そんな恐縮しないで?」
 彼女は浅くお辞儀をして部屋を出ていった。
「そんなにたくさんのことをしてあげられているわけでもないのにね……」
 ドアから視線をダイニングテーブルに移し、まだ湯気の上がるカップを見ては、そこに彼女の残像を求めた。