私だけがひとり遅れてステージにあがる演出の中、昇降機が上がりきったそこには「楽しい」という空気しかなくて、私はその空気に呑み込まれるようにして歌った。
 みんなが身体でリズムを刻んでいて、心から音楽を楽しんでいるのが伝わってきた。
 それを自分も一緒に楽しみたくて、気づいたら、用意されていた椅子から立ち上がり、気持ちのままに歌っていた。
 最初こそ椅子が用意されていたわけだけれど、奏者の人たちと同じ目線で楽しみたくて、この曲は立って歌うことにした。
 それからの歌合せは、緊張よりも少し楽しみに思えるようになった。
 この心境の変化には自分が一番驚いたと思う。
 でも、今日のリハーサルはまた違う緊張があった。
 プロのバイオリニストが参加しての合わせだったから。
 これが最初で最後のリハーサル。
 その一度のみで完璧に合わせてくれるのだ。