そう思えば、思いつく場所なんていくつもあるわけじゃない。
 俺はいつも出勤するのと変わらず、学校の私道へと車を走らせた。
「学校、ですか?」
「いや、その裏山に祖母が好きだった散策ルートがあるんだ」
 そこは藤山の一角。じーさんが一番大切にしている場所だ。
 ただし、そこへ入るためには許可がいる。
 でも、もうそこしか思いつかなかった。
「今の季節ならノウゼンカズラや紫陽花、栗の花やざくろの花、百合もところどころに咲いてる。普通に見て回るだけでも二時間くらいは楽しめるんじゃないかな」
 彼女は嬉しそうに聞いているかと思えば、足元に視線を落とした。
 あぁ、サンダルのヒールね……。
「翠葉ちゃん、大丈夫。道はきちんと舗装されているし、ところどころにベンチもあるから」
「……良かったです」
 学校と病院をつなぐ私有地に入り、二本目の横道を中に入った。すると、小さな庵が建っている。
 その庵には光朗庵(こうろうあん)という名がついている。
 庵の前には駐車スペースが三台。今日は二台が停まっている。
 きっとじーさんの車と警護につく人間の車だろう。
「ちょっと待ってて。中に入る許可だけ取ってくるから」
 彼女を車に残し、俺は庵の戸を叩いた。