もう、教室の中の人間はほとんどの人がこっちを見ている。
 でも、彼女が教室に入るまでは何も言わない。
 ただ、入ってきてくれるのを待っている。
 うちのクラスはさ、引っ張り込むのも得意なんだけど、待つことだってできるんだよ。
 やっと彼女が教室に足を踏み入れたとき、
「珍しく遅いからどうしたのかと思ったよ」
 圭太が一番に口を開いた。
「ね?」と、戸惑っている翠葉ちゃんに声をかけると、また涙がポロリ、と零れる。
「空太、何泣かせてんのよっ」
 久我から鉄拳が飛んでくる。
 マジ痛ぇ~……。
 腰をかばいつつ翠葉ちゃんに視線を戻すと、まだ朝なのに、すでにじっとりと濡れているハンカチで目元を押さえていた。
「翠葉ちゃん、焦る必要ないけどさ、川岸先生来たから席までは急ごう」
 そう言って、彼女の背中を押した。
 これが初めて、俺が彼女に触れた瞬間――。