酒とコーヒーとなら、コーヒーのほうが飲みたいかも。
 焙煎仕立てのあの香りはたまらないものがある……。
 そんなことを考えていれば、かぐわしい香りが漂ってくるわけで……。
「栞、一泊旅行なんだからそんなにあれこれ持っていく必要はないだろ?」
 隣の家――即ち神崎家の主が出てきたようだ。
 しかも、片手にはコーヒーを持って。
「いい香りさせてますね……」
 ぼそりと言えば、仕切りの向こう側からひょい、と昇さんが顔を出した。
「おまえ、座り込んで何やってんだ?」
 長身の人間に見下ろされるってこんな感じか、と思いながら立ち上がる。
「数十秒前までは立っていたんですよ。夜景を見ていたらコーヒーのいい香りがしてくるから思わず立ちくらみ」
「なんだそれ。っつか、何? もしかして寝られねーの?」
 昇さんの目が三日月目になる。