「君は何も返せないって言うけれど、ちゃんと返してもらってる。ほかにも色々と返してもらえるものはあるんだけど、それはいつか、ね」
「……え?」
「今はわからなくていいよ。そのうち教えてあげるから」
 と、髪に手が伸びてきた。
 一房取ると、指に巻きつけ始める。
 髪の毛の先端に神経なんて通っているわけがないのに、どうしてかくすぐったく感じる。
「この髪は切らないでね?」
「どうして……?」
「俺が好きだから」
「――はい」
 もう、秋斗さんが何を喋ってもすべてが甘く聞こえてどうしたらいいのかわからなくなる。
「そういえば……秋斗さん、夕飯の途中じゃ?」
「あぁ、そうだったね。でも、もうお腹いっぱいかな」
「え……?」
「欲しいものが手に入るとさ、ほかのものってどうでも良くなったりしない?」
 訊かれて困る。
 そんなものは今まで一度もなかったし……。
 強いていうなら、アンダンテの苺タルトさえればご飯はいらない、かな?
 そのときに言われる言葉を思い出す。
「……ダメです。ちゃんとご飯は食べてきてください」
 タルトとご飯は混同しちゃダメ。
「……プリン、ありがとうございました。美味しかったです」
「どういたしまして」
 秋斗さんの笑顔に見惚れそうになってはっとする。
「秋斗さんっ、ちゃんとご飯食べてきてくださいっ」
 できるだけ力をこめて声を発すると、笑いながら「はいはい」と口にして部屋を出ていった。