「どうかした?」
「あ……アナログの鍵はないんだな、と思って……」
 翠の意識は、仕事部屋のドアに釘付けだった。
「ここに入るには声紋認証と指紋認証、網膜認証が必要。俺が中にいればインターホンっていう手もあるけどね」
 と、秋兄はインターホンのカメラを指差した。
「その先は未知の空間ですね?」
 秋兄はクスクスと笑いながら、
「そうでもないかもよ?」
 翠はあの部屋の中のことも覚えてはいない。
 あの中が自分の部屋と似通ったつくりだと知ったら、また同じような反応をするのだろうか。
 それとも――視覚から得た情報で記憶が呼び起こされたりするのだろうか。
「今度、未知の空間に招待するよ。じゃ、司、あとの戸締りは頼む。俺が戻るのは六時を回るから」
 前半は翠に向けて、後半は俺への指示。