「あのね、私……前はもっと体調のコントロールができなくて、小学校も中学校も休みがちだったの。仲良くなった子がいても、休んだ翌日登校すると、その子は違うグループに入っていて、その中に私が入ることはできなくて……。体育もみんなが汗だくでやってるのに、私は日陰で見学だったり、中学のときはクーラーのきいた部屋でレポート。冬の寒い中、みんなが持久走しているとき、私は暖かいところでレポート。つらいことを一緒にやって乗り越えていたクラスメイトの中にはどうしても入れなかった。時には羨ましがられたりして……。羨ましいっていうか、自分たちとは違うからって言われたんだったかな……。本当に、疎外感しか感じなかったの。学校で倒れても、クラスの人たちは先生を呼んでもくれなくなった。『本当に具合悪いの?』とか、そんなことを言われるのもしょっちゅうだったし……。それなら――もう、誰にも何も知られなくないと思った。友達なんていらないと思った。……だから、一年留年したあと、私は自分を知る人がいる可能性が低い学校を選んでここへ来たの。ごめん――本当に言いたくなくて隠していたかった理由はこっちだ……」
 話し終えても膝の上から視線を上げられない。涙も止まらないし最悪だ。
 背中をさすっていた桃華さんの手も途中から止まっていた。
「そんな人間っ、翠葉の友達になる資格ないからっ」
 隣の飛鳥ちゃんがガタンと席を立つ。
 びっくりして顔を上げる。と、すごい剣幕で怒っている飛鳥ちゃんがいた。
「本当ね……そんな人たち、こっちから願い下げよ」
 桃華さんは嫌悪感隠さず顔に出していた。
「ってか、翠葉。お前、どんだけ劣悪な環境にいたんだよ」
 海斗くんに言われ、「ありえねぇ」と心底呆れた顔をされる。
「……ある程度のことは想像してたつもりだけど、そんなにひどいとは思ってなかった。無理に喋らせてごめん」
 佐野くんが謝る。
「え? あの……」
 何を言ったらいいのか、どう対応したらいいのかがわからない。
「翠葉、私もひとつカミングアウトするわ」
 桃華さんがにこりと笑んだ。
「私、小学生の頃に一過性ではあるけれど小児喘息だったの。小学二年三年を空気がきれいなところで過ごしたら治っちゃって、今はこのとおりなんだけど……。そのときに、一時公立の学校に通っていたの。そこは土地柄なのか、閉鎖的なところだったわ。学校全体の人数も少なくて、外部の人間を受け入れない感じがひしひしと伝わってくるような、そんなところだった。そのうえ……私、かわいかったし? 喘息なんてか弱い病気で? 異質扱いもいいところ。ま、もともとこんな性格だし、治ればこっちに帰ってこられるのもわかっていたから、そんなに深刻に受け止めもしなかったけど……」
「桃華らしいな」
 くっ、と笑いながら海斗くんが合いの手を入れる。
「でもね、実際こっちに戻ってきたときのほうがよっぽど堪えたわ。最初は新しいもの珍しさみたいな感じで人が群がって、その時期を過ぎたら仲間はずれよ。クラスに話せる人がひとりもいなかったわ。でも、やっぱり相変わらずこんな性格だし、こんなことくらいで離れていく友達なんてこっちからお断り。そう思ってた。……でも、私には味方がひとりだけいたの。クラスは違ったんだけど、一年のときに同じクラスだった飛鳥だけは変わらないでいてくれた。それが救いだったし支えだったわ。飛鳥がいなかったら今の私はいない。……誰か、絶対的な味方がいるのといないのじゃ全然違うのよね」
 そう言うと、慈しむような眼差しを向けられた。 
「翠葉、大丈夫よ。私たちは翠葉から離れたりしない」
 芯のある、とても力強い声が耳の中で響く。
 嘘じゃない、建前でもない、本当の言葉。
「っていうか、具合悪いクラスメイトを放っておくやつらのほうがおかしいんだよっ」
 海斗くんがテーブルを蹴ると、すかさず湊先生の鉄拳が落ちた。
「翠葉は特別扱いされたくないんだね? 私はさ、普段されないからされたいと思っちゃうんだけど……。でも、友達としては何も変わらないと思うんだ」
 飛鳥ちゃんが後ろから椅子ごとぎゅっと抱き締めてくれた。
「それに、友達だからストッパーになれることもあるだろ?」
 佐野くんの言葉にはっとする。
「ストッパー……?」
 訊き返すと、四人が大きく頷いた。
「具合が悪くなったらどうするってだけじゃないわよ」
 桃華さんの言葉を海斗くんが継ぐ。
「具合が悪くなる前に気づいてやることだってできるだろ」
「だって、蒼樹さんに頼まれてるしね。翠葉を見張っててくれって」
 飛鳥ちゃんのはずんだ声に涙が止まらなくなる。
「あり、がと……」
 ほかに言葉なんて出てこない。涙も止まる気配がないし、どうしよう。困ったな……。
 でも、すごく嬉しくて、すごく幸せで、なのにどこかくすぐったくて……。
 友達ってこういう人たちのことを言うのかな、なんて今さらのように思ったりして。
「ま、あんたたちが側にいる学校内は意外と安心できるかもね」
 湊先生の声が聞こえたかと思うと、お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
 涙でぐちゃぐちゃになった顔を保健室で洗わせてもらい、五人揃ってクラスに戻る。
 教室に入ると、何人かの人に声をかけられた。
「ちょっ、何!? あんたたち御園生さん泣かしたのっ?」
「大丈夫?」
「何かあったら私たちに言いなね?」
 そんな言葉をかけられるのも初めてで、びっくりしてはまた涙があふれてくる。
 本当にどうしようもない。涙腺壊れてるかも……。
「えっ!? 何? どうしたの?」
「ごめん……嬉し涙――」
 かろうじてそれだけを答えると、
「そういうことっ!」
 と、飛鳥ちゃんに肩を抱かれた。
「もー、飛鳥ばっかずるいよー」
「御園生さん、私たちとも仲良くしてね?」
 唇を尖らせて言うのは、この間昇降口で体調を気遣ってくれた女の子。有田希和ちゃん。
 覚えよう――ちゃんとクラスのみんなの名前を覚えよう。
 そう思いながら席に着いた。