「まだ、そのときの衝撃から抜け出せないでいる。だから、翠葉ちゃんが何かをしてしまったとかそういうことじゃないんだよ」
 それならこんな場所には連れてこないほうが良かったんじゃないの……?
「翠葉ちゃん、若槻にはリハビリの場と時間が必要なんだ。それをわかったうえで静さんもここに来させたはずだから。君がそんな顔をする必要はないよ」
 秋斗さんは言いながらベッドサイドまで来る。
「だから泣かないで」
 と、頬に秋斗さんの親指が触れ、自分が泣いていることに気づいた。
「俺、ちょっと若槻くんの様子見てきます」
 蒼兄は若槻さんのあとを追うように部屋を出た。
 私は蒼兄の背中を見送り、それでもまだ廊下から視線を剥がすことができずにいた。
「若槻が気になる?」
 視線を秋斗さんに戻して、
「はい」
「あいつね、頭はいいんだけど感情面がまだガタガタなんだ。だから、悪いんだけど少しの間リハビリさせてやってくれないかな?」
「でも、若槻さんは私を見たとき、とても苦しそうな顔をしてました」
「うん……つらいと思うよ。あいつの中では妹ってものすごくネックになってるものらしいから」
「それなら――」
「翠葉ちゃん……人間ってさ、つらくても乗り越えなくちゃいけないものがあると思うんだよね。あいつにとってのそれはこれなんだ」
 秋斗さんも廊下へと視線を向ける。
 きっと秋斗さんも若槻さんを心配しているのだろう。