蒼兄と唯兄の視線もこちらを向いているのがわかるけど、何を思い出したわけでもない。
「ごめんなさい……。思い出したわけではなくて、ただ知ってる香りに思えたんです。なんだか懐かしいような気がして……」
「……翠葉ちゃん、一歩前進ってことにしようよ。俺に関する記憶は何ひとつ残っていなかったはずなんだ。香りだけでも記憶に残っていたことが俺は嬉しいよ」
「あのさ、どうせだからそれ物々交換で持ってっちゃえば?」
 唯兄の提案にびっくりする。
「あぁ、いいね。その代わり、翠葉ちゃんのポンチョは置いていってね」
 にこりと笑った秋斗さんを見ていると、
「秋斗さん、ディナーのときにはちゃんとポンチョ着て現れてくださいね」
 唯兄がにこりと笑んでそう言った。
「なんでだよ……」
「「そりゃ、面白いからでしょ?」」
 蒼兄と唯兄が声を揃えた。
 そんな会話に思わず笑ってしまったけれど、これはきっと唯兄の優しさ。
 この場の空気が重くならないように、私を笑わせるために――。
 夏休み中、唯兄はいつだってそうしてきてくれた。