また、カランコロン、という音が近づいてくると、
「はい、ストロー」
「ありがとうございます」
 と、やり取りが聞こえる。
「翠葉ちゃん、少し飲みましょう?」
 優しい声が顔に降ってきた。きっとすぐ近くに栞さんがいる。
 薄く目を開け、口もとに近づけられたストローを口に含んだ。
「翠葉、少しずつだけど血圧も戻ってきてる」
 その声に、あと少ししたら吐き気が引く、と強く自分に言い聞かせる。
「栞さん、よろしかったら今日一日高崎を使ってもらってもかまいませんよ?」
 聞いたことのない声だった。
「そうよそうよ。このままここにいてもね? 引越し業者の時間もあるんでしょう?」
 これは美波さんの声。
「でも、いいのかしら? 手伝ってもらえたら助かるけれど、五時過ぎくらいまでは返せなくなっちゃいますよ?」
「大丈夫です。今日は美波もいますから。こちらの業務には支障ありません」
 とても誠実そうな声がした。
 この人が美波さんのご主人で、崎本さん、なのかな?
 めぐりの悪い頭で一生懸命考える。
「じゃ、甘えちゃおうかしら……?」
「甘えて甘えて!」
 と、元気な声が返ってくる。そして、
「翠葉ちゃん。今度ゆっくり会いましょうね」
 と、自分に声をかけられた。
 私は頷くことしかできなくて、なんだかとても申し訳なかった。
「じゃ、蒼くん行きましょう。高崎くん、ナビで御園生って入れると目的地が出るから。はぐれても大丈夫よ」
 言うと、あちこちでドアの閉まる音がした。
「翠葉、シートベルトだけはしておこうな」
 と、蒼兄がシートベルトを締めてくれる。
「翠葉ちゃん、きっと二十分くらいで着くと思うけど、それまでがんばろうね」
 栞さんの言葉に、またひとつ頷いた。