「御園生です。しばらくお世話になります――ってなんでそんなに他人行儀なんだよ」
 と、蒼兄が返す。
「あら、ふたりは知り合いなの?」
「高校の同級生です」
 と、蒼兄が答える。
 私は、言葉を発するとかそういう問題ではなくなっていて、幾筋もの冷や汗が額を伝っていた。
 一階に着くとすぐに車に乗せられ横にされる。そして、額の汗を栞さんが拭いてくれた。
「栞さん、血圧が……」
 蒼兄の不安そうな声が聞こえた。でも、そちらを見る余裕はなくて、吐き気から乱れ始めた呼吸を整えるのに必死だった。
「少しこの状態で待ちましょう」
「翠葉、水……飲めるか?」
「ごめ、なさい……。体、起こせな……」
「あ……ストローを持ってくるんだったわ」
 栞さんの声に違う場所から反応があった。
「私、取ってくるわよ。一階のカフェにあるから」
 その声は元気のいい、さっきの美波さんの声だった。
 ミュールを履いているのか、カランカラン、と去っていく音がする。
 目を開けることも出来なくて、音や声が耳に届くのみ。
 暗い世界に人の声と車のエンジンの音が聞こえる。
「栞さん、彼女寒そうなので……」
 と、先ほどエレベーターで聞いた声がする。
「高崎くん、ありがとう。助かるわ。蒼くん、これかけてあげて?」
 その声のあと、体に何かがかけられた。
「あたたかい……」
「うん。今、葵がタオルケット持ってきてくれたんだ」
 あぁ、タオルケットか……。
 プールから上がったときにバスタオルに包まれるあの感覚に似ている。
 生あたたかいのにすごく気持ちいい。