そこへ栞さんが入ってきた。
「さっき静兄様から連絡があったの。幸倉に引っ越し業者が着くのが四時って言っていたから、家での作業時間も入れると――そうね、お昼を食べたらここを出ましょう」
「……え?」
「あら、何? ここで寝てるつもりだったの? それでもいいけど……。でも、行きたいんじゃない?」
 どうしてだろう……。
 行きたいけど体が起こせないとか、そういうのはあまり関係ないみたいに言葉をかけられる。
 もしかしたら蒼兄も同じだったのかな……?
「どうしたい?」と訊いたのは、私に思っていることを話させるリハビリのようなものだったんだろうか……。
「翠葉ちゃん、私が付いているのよ? 私は湊みたいに治療をすることはできない。でも、患者の状態を把握することやフォローするのは得意だと思うの」
 ふたりの優しさに触れて涙が滲む。
「行きたい……。迷惑かけちゃうかもしれないけど、行きたいです」
「許すも何もないわ」
「そうだよ。何をやりたいのかを自分で決めることは大切だから」
「栞さん、蒼兄……ありがとう――」
 心があたたかくなる。
 周りにいる人たちの言葉と笑顔で。
 私の心はとても救われている。
 私も何かを返したいけれど、それは今じゃない。
 今は自分の体と闘うことだけ考えよう。
 少し落ち着けば何かできることが見えてくるかもしれない。
 それまでは――考えよう。
 考えることはいつでもできるから。
 実行に移せるようになるまではたくさん考えることにしよう。