「翠は大きな病気は持ってないんだよな」
「はい、とくに大きなものは何も……。ひとつだけ心疾患と言えないようなものがありますけど」
「何?」
 と、こちらを向いて訊かれた。
「僧帽弁逸脱症。弁がきちんと閉じず、たまに逆流を起こしてるみたいです。それから、人と比べると弁膜が薄いのだとか……。だから血液を送り出す力が弱くて血液循環量が足りてないのか、はたまた血圧が低いのか――。紫先生がよく、卵が先かニワトリが先かってお話をしています」
 私の低血圧は僧帽弁逸脱症がもとになっている可能性が高いけれど、低血圧発作を起こすのは体質ともいえる。それは起立性低血圧障害の症状で、自律神経の管轄なのだ。
「高血圧にはたくさんの対処法があるのに低血圧にはとくにないなんてひどい話だよな……」
 先輩がぼそりと零した。
「そうね、僧帽弁逸脱症から僧帽弁閉鎖不全症への進展が見られれば対処のしようもあるけれど、翠葉ちゃんの場合はそこまでいかないのよね」
 栞さんがこちら側へと席を移動した。
「でも、それは良いことなのでしょう? 心臓の手術って聞くだけでも怖いし、大変なことだと思うし」
「えぇ、現状を維持できるほうが断然いいわ。でも、胸痛や不整脈による動悸、眩暈、失神が起こるのはここから来てるとも考えられるから、それでつらい思いをすることには変わりないのよね……」