ソファに座っている先輩の斜め前当たりに腰を下ろすと、私の目には馴染みのない文字が飛び込んできた。
 それは先輩が読んでいる本の背表紙。
「臨床医学……?」
 私の声に気づいて司先輩が本から視線を上げる。
「姉さんの本」
 お医者さんになりたいという話は秋斗さんから聞いていたけれど、高校生のうちからそんなに難しそうな本を読まなくてはいけないのだろうか。
「今は何を読んでいるの?」
 ダイニングから栞さんの声がかかる。
「臓器別分類の循環器学」
「さすが湊の弟ね」
「高校のお勉強に加えて、もうお医者様の勉強をしているんですか?」
「高校の勉強はすでに終わってる。こっちは趣味と勉強を兼ねて読んでるだけ」
 高校の勉強がすでに終わってるって何……?
 趣味に医学書って……!?
「翠葉ちゃん、司くんは中学のうちに高校までの勉強を独学で終わらせてしまっているのよ」
 補足するように栞さんが教えてくれたけど、なんだか私には理解しがたい。
 じっと先輩を見ていると、どこか居心地悪そうな表情をして口を開いた。
「何事もやり始めが早すぎて悪いことはない」
 それだけを言うと、また本に視線を落とした。
 私もピアノは三歳から習い始めた。けれども、音楽というなら、お母さんのお腹にいたときから胎教の一貫としてたくさんの音楽を聴いていたと言うし、二歳の誕生日にはオモチャのグランドピアノをもらってそれを嬉しそうに叩いていたという。
 うん、確かに何かを始めるのに早すぎることはないのだろう。
 でも、あまりにも早い気がするのは私だけなんだろうか……。