ゆっくりと立ち上がったけれど、もう眩暈は避けて通れない。
「このまま待つんだろ」
 司先輩の声が上から降ってくる。
「はい……。座ってもまた同じことの繰り返しなので」
「……その役、俺だけの特権だったんだけどなぁ……」
 蒼兄の声のあと、その場にいる人たちの笑い声が聞こえてきた。
「こういうのは何人いてもいいじゃない」
 と、湊先生の声が聞こえると、バシバシ、と何かを叩く音が聞こえた。
 即ち、湊先生に蒼兄が叩かれた、というところだろうか。
「蒼くんは翠葉ちゃんを独占できなくなるのが嫌なのよねー?」
 と、栞さん。
「あぁ、蒼樹は翠葉が中心に世界が回ってるからなぁ」
 と、お父さん。
「そうそう。家族が三人溺れていたとしても、絶対に翠葉を一番に助けるわね」
 と、お母さん。
「蒼樹くん、君、まともに恋愛できてるか?」
 ひとり毛色の違う言葉をかけたのは静さんだった。
 蒼兄の一言でここまで話が続くなんてすごい……。
「蒼兄も一緒に見にいくのでしょう?」
 声だけで参加をすると、
「俺はさっき見てきたんだ」
「行かないの……?」
「そんな不安そうな顔するな。今は司の手があるだろう?」
 そう言われて、支えてくれている手を意識する。
「うん……」
「だから、今は俺がいなくても大丈夫だ」
「そっか……そうだよね」
 蒼兄は私の手を引いてくれる人。今までずっと私の道標だった。
 けれど、高校の先はそうはいかない。ならば、少しずつ自分の足で歩きださなくては……。
 そのリハビリに司先輩やほかの人が手を貸してくれているのだ。
「先輩、視界回復しました」
 顔を上げると、先輩は何も言わずに階段へ向かって歩きだした。階段を前にすると、
「足元気をつけて」
 と、前を歩くように促された。