「い……翠……」
 誰かに呼ばれてる……。蒼兄かな。
「起きられそう?」
 蒼兄の声にしては低く聞こえるそれに目を開ける。
 すると、目の前に端整な顔があってびっくりした。
「驚きすぎ……」
「だって――びっくりした。それに瞬時に見分けるのは難しいんですっ」
「それも嫌な理由だけど」
 と、眉間にしわを寄せる。
 目覚めたときにこの顔があると、湊先生なのか司先輩なのか、見分けるのには数秒かかる。
「今日はみんな静さんの家に集ってるから。隣まで移動できそう?」
「あ、はい。たぶん大丈夫です」
 最後の一言には呆れたような顔をされた。
「無理だったら無理で御園生さん呼ぶし、もしくは俺が運ぶから」
 と、体を起こすのに手を貸してくれる。
 ――うわ……。これはひどい――。
 咄嗟に額を押さえる。
「薬がよく効く体質なんだな」
「はい……。胃カメラのときの筋肉注射で唾液が一滴も出なくなるくらいには効きやすい体質かと……」
「それ、投薬量の間違いとかない?」
「一応、薬の名前も分量も確認させられますけど、間違いはなかったかと思います」
 胃カメラの検査のとき、前処置として唾液を出にくくする薬を筋肉注射で打たれる。
 それはあくまでも唾液を出にくくする薬なのだけど、あまり効かない人だと、検査中に唾液をダラダラと流しながらの検査になるという。けれど、私の場合は引き潮のように全く出なくなるのだ。
 話をしながらベッドに座る状態にまでもってきた。あとは立つだけ。
 ゆっくりと立ち上がるも、やっぱり視界が真っ暗になる。
 必然と、支えてくれる手に力が入る。
「一度座る? それとも、視界の回復を待つ?」
 座れば楽にはなるけど、でも、また同じことの繰り返しだ。
「視界が回復するまで、少しだけ体重かけてもいいですか?」
「かまわない」
 真っ暗だった視界が徐々にモザイクがかった感じになる。目の前がチカチカして、体のバランスが取れない。
 けれど、ぐらつく体をしっかりと支えてくれる手があった。
 この手があるから不安を感じないで済んでいるのだろう。
 そんなことを考え始めた頃、ようやく視界が回復した。
「焦点合った?」
「はい」
 このマンションに来たとき同様、支えられながら歩き、湊先生の家の左隣のインターホンを押した。右側は栞さんの家、その先が秋斗さんの家。
 静さんの家の前には確かにエレベーターがあった。