パレスに行きたくてもいけないのなら、一番雰囲気が近い場所だと思う。
 夏のむせ返るような緑の匂いが立ちこめる森、緑山(りょくざん)――。
 管理人の稲荷夫婦は別荘のすぐ近くに住んでいる。
「ひとつくらいはあてがありそうですね?」
 おにぎりを食べ終わった男の口もとが緩む。
 男は後部座席へ放ったビニール袋の中から湿布薬を取り出すと、
「しかし、こういうのの放置は認められません。ほら、手を出してください」
 さきほどエレベーターの壁を殴った右手が時間と共に腫れてきていた。
 痛みを我慢できても腫れているのだから冷やしたほうがいいに決まっている。
 男は手際よく処置を行った。ご丁寧に包帯まで巻かれる。
「うちの課は危険と隣り合わせでしてね。基本的な応急処置はできるように教育されているんです。車には救急セットが常備されているほどですよ」
 言いながら、そこらの医大生よりも上手に固定までを済ませた。
「で、どちらへまいりましょうか?」
「緑山荘まで」
「藤宮所有の別荘ですね。承知しました」