秋斗さんは歩みを止め、じっと私を見ていた。
「気持ちは嬉しい。でも、ここは学校じゃない。マンションは近いけど、ここに湊ちゃんが到着するまでに十五分はかかる。それに、俺以外は誰もいないし、庵にいるのもじいさんと警備の人間のみだ。何かあったとしてもすぐには対応してあげられない」
 わかってる……。
「でも、だからです。逃げ場がなければがんばれる気がするでしょう?」
 何度もそんなことを繰り返してきた。毎年毎年、逃げ場のない痛みや眩暈、それらと向き合ってきた。だから、こんなことで負けるほど私は弱くないはず――。
「本当に無理はしてほしくないんだ。気持ちはわかったから……」
「……たぶん、私の気持ちは秋斗さんに全部伝わってないです」
「そうかもしれないけど……」
「お願いです……」
「……まいったな。……今日の俺には拒否権なんてあってないようなものなんだ」
「え……?」
 意味がわからなくて首を傾げると、
「それも、反則にしか見えないよ」
 今度は少し笑みを添えてくれた。
「じゃ、まずは重ねるだけね」
 と、エスコートするときのように左手を差し出してくれた。
 目を瞑って心を落ち着かせ、秋斗さんの手に自分の右手を重ねた。
 指先に自分のものではない体温を感じる。
 目を開けると、秋斗さんの左手に、ちゃんと自分の手が乗っていた。
 ……大丈夫?
 昨日はこれすらがだめだったのだ。
 自分の右手に少し力を入れ、秋斗さんの左手を握る。
 これも平気……?
「翠葉ちゃん……?」
「……大丈夫、みたいです」
 秋斗さんの顔を見ると、ほっとしたような顔で、
「良かった」
「私もです――また傷つけちゃったらどうしようかと思った……」
 目に少し涙が滲む。
「翠葉ちゃん、大丈夫だよ……。俺はもっとひどいことをたくさんしてきてる。それが報いとなって翠葉ちゃんから返ってくるのなら、どんなことでも甘んじて受ける。言ったでしょう? そのくらいには愛してるつもりだって」
 優しい眼差しに心が揺らぎそうになる。
「……少し、甘えてもいいですか……?」
 つないだ手を見たまま訊いてみる。
「珍しいね。……いつでも甘えてほしいと思ってるんだけど、いつもはなかなか――」