「ちょっとっ! 何っ!? 俺、肩に手を置いただけじゃんっ」
 図書棟の入り口まできて腕を解放される。
「うーん、なんつーかそういう問題じゃないんだよね」
 答えてくれた春日先輩が困った人の顔で薄く笑う。
「意味わかんないっす」
「翠葉さ、もとから男苦手なんだわ。そのうえ、今はどうも大多数の男がダメみたいで、触れられるとパニック起こしちゃうの」
 海斗の足りてそうで微妙に足りてない説明に納得がいかない。
「だって司先輩は大丈夫なわけだろ?」
 そうだ、それが気に食わない。
「因みに、俺と佐野と翠葉のお兄さんもクリア。それ以外は全部ダメ」
 と、簡潔に答える。
「つまりは春日先輩も?」
「そうそう、俺は千里と仲間だよ」
 と、先輩に肩を組まれた。
「御園生さん、なんかあったの?」
 訊いてみたけど、「それは俺が答えていいことじゃない」と言われた。
 こういうふうに話すとき、海斗は絶対に口を割らない。
「千里、理由を知らないっていうのは俺ら生徒会メンバー全員だから」
 春日先輩はあっけらかんと答える。「よ、同士!」なんて言いながら。
「……知らないで、それで納得して行動してんですか?」
「そうだよ。それでも翠葉ちゃんには生徒会に入ってもらいたかったしね。俺と司が会計だけど、今年は紅葉祭もある。どうやったって翠葉ちゃん級の理系が入ってくれなかったら会計回んないのよ。それに、本人が知られたくないと思っていることを無理矢理訊き出すほど人間できてないわけでもないからね」
 それ、つまるところ俺が人間できてねーって話ですか……。
 いや、当たってるんだけどさ。
「悪いんだけどさ、かばんは俺が取りに行くから、今日はこのまま帰ってくれない?」
 海斗に言われて了承した。
「でもさ、それ……治ったら教えろよな? 俺、謝んなくちゃいけないから」
「くっ……そういうとこ、おまえイイヤツだよな」
 海斗が笑った。そして、
「でも、たぶん大丈夫になったら翠葉のことだから自分から謝りに行くよ。あのときごめんなさいって」
「……なんで? だって悪いことしたの俺だろ?」
「うーん……なんていうかそういう子なんだ。律儀っていうか、謙虚っていうか……」
 海斗は半ば呆れ気味に空を仰ぎ見る。
 つられて空を見れば、そろそろ暗くなるな、と思う。
「千里、いいことひとつ教えてやるよ」
 と、春日先輩。
「翠葉ちゃんには自分から近づいたらダメなんだ。慣れるまでは一定の距離を置く。しばらくして慣れてくると、自然と話しかけてもらえるようになる。俺が今その状態」
 ……犬とか猫みたい。人間に慣れるまでじっとこっちの動向をうかがっていて、害がないと思ったら近寄ってくる……。
 そんなことを思うと、彼女の頭にウサギの耳がピョンと生えて見えた。
 やばい、ビジュアル的に似合いすぎだろ……。

 海斗たちが図書室に戻り、ため息ひとつ。
 変な女……。
 俺が軽く手を出せる人間じゃない気がしてきた。
 ただ、かわいい子なんて見慣れてるはずの自分が振り返るほどにはかわいいと思ったんだ。
 となりにこういう子を連れて歩きたいな、みたいな。
 飽きたら次の子を探せばいいと思っていた。でも、飽きる以前に近寄らせてもらえない現実。
 でも、そこで闘志が燃えない奇妙さ。
 そもそも、俺が声をかけてホイホイついてくるような女じゃなかったうえに、そんなふうに軽く扱ったらものすごく俺が痛い目に遭いそうな気がする。
 この嫌な予感はなんだろう……。
 でも、この予感は無視しちゃいけない気がする。
 漣千里の野生の勘……。
 ……しゃぁない。次のターゲット見つけるか。