四時ギリギリに仕事部屋のドアが開き、四人が出てきた。
 カウンターから出てくると、スタンバイしていた放送委員が実況中継を始める。
「じゃ、俺は茜姫をエスコートさせていただこうかな」
 朝陽が茜先輩に手を差し出したのを見計らって、俺も翠に手を出した。
 何が始まるのか不安そうな顔が見て取れる。
「大丈夫だから……。翠には俺か海斗、佐野か簾条が必ず付く。ひとりにはならないし、参加者の男に触れられることもない」
 翠が簾条を振り返ると、
「何があったかは聞いてない。でも、どういう状況なのかは聞いた。大丈夫よ、絶対に怖い思いはさせないから」
「そうそう、うちには腕の立つ男が多いのよ? 会長なんてデジカメ班と称してボディガードみたいなものだし」
 嵐が輪をかけるように明るく話しかけた。
「翠、手……」
 再度差し出すと、コクリと頷き俺の左手に右手を乗せた。
 その手に優しく力をこめる。大丈夫だから、と思いをこめて。

「じゃ、行こうか!」
 朝陽の声を合図に図書室を出る。
 次は優太の合図があるまでは図書室前の廊下で待機。
 すでにテラスは生徒であふれ返っていた。
 それを見た翠が一歩後ずさる。
「広場で参加できるのは総勢百人までだけど、基本全校生徒参加だから」
 安心していい。俺だって最悪なイベントだと思ってる。
 でも、簾条は翠を喜ばせるためにこのプランを持ってきた。
 隣を見ると、翠は不安に青ざめてすらいるように見える。
 簾条、これで本当に翠が喜ぶんだろうな……。
 簾条を見やると、勝気な視線が返された。
「あの……これはいつ決まったイベントなんですか?」
「簾条から話がきたのは先週の土曜日。間に全国模試を挟んだし、翠の薬飲み始めの時期も含めてどうなることかとヒヤヒヤさせられた」
「何から何まで……本当にいつもすみません」
「……今度こそ、借り貸しなしにしてもらいたい」
 優太の手が上がった。即ち、イベント開始の合図。
「ここからは、下手でも笑顔を貼り付けて歩いてもらおうか?」
 自分にも、翠が氷の女王と名付けた笑みを装着する。と、翠が顔を引きつらせた。
「今考えたこと当てようか? それ、別名称があるらしい」
「あ、それはぜひともうかがいたいです」
「……絶対零度の笑顔だって」
 翠は、「納得」という文字を顔に貼り付けた。
「階段を下りて、広場に着いたらすぐに座れる。そこまではがんばって。無理な場合は強制的に横抱きすることになるから」
 後半は半ば仕返しのように付けたした言葉。すると、
「……そんな恥ずかしい思いはしたくないのでがんばります」
「努力して」
「ガラス戸開くよ!」
 優太の二度目の合図に前を向く。と、途端に手に力がこめられた。
 もうここまで来たら出ないわけにはいかない。
「男を見たくなければ目を伏せて歩けばいい。俺がエスコートしてるんだから転びはしない」
「……はい」
 図書棟を出ると、甲高い歓声に耳がキンキンした。隣の翠も面食らっている。そこに、
「翠葉ちゃーん!」
 聞き覚えのある声に翠も目を向ける。と、会長がカメラを構えていた。
 翠がフリーズする間もなくシャッターが切られる。
 レンズを向けられるのが苦手だという翠相手に絶妙なタイミングでシャッターを切った。
 先に出た朝陽たちは三メートルほど前を出ている。
 階段に差し掛かる手前で、手をぎゅっと握られた。
 隣を見ると、目が泳いでいる……というよりは視点が定まっていなかった。
 眩暈か……?
「翠、右手を俺の右手に。左手で腰から支える。歩けるところまで行こう」
 歓声にかき消されないよう翠の耳もとで話すと、翠は小さく頷いた。
 けれども、手を握る力は強まる一方で、顔がゆがみ始める。
 周りに男がいるだけで苦痛なのかもしれない。
 存在自体がダメなのか……? それなら――。
「いつものシャットアウト機能使えば?」
 言うと、「あ……」って顔で俺を見上げた。
 しかし、間を置かずして、
「……先輩、何か話してくれませんか? 先輩の声だけに集中すればシャットアウトできるかも……」
「……話、ね。俺の苦手分野なんだけど」
「すみません……」
 話をするのは苦手だ。でも、今はそれが必要だと言うのなら、なんでもする。
 できる限りのフォローはすると決めていた。
 来週の天気の話、部活の練習内容、二年次のカリキュラム――思いつくものを片っ端から口にしていた。
 翠はそれらに相槌を打ったり、些細な質問を返してくる。そして、少しずつ笑みを見せ始めたところで芝生広場にたどり着いた。