自分の家に戻ると、電気も付けず寝室へ直行し、ベッドに身を投げ出した。
 どうしてこんなことになったんだか……。
 どう言い表したらいいのかわからないほどの衝撃。
 彼女に拒否されるというのはこんなにもつらいものなんだな……。
 暗闇に目が馴染んできたところで胸もとの携帯が震え始めた。
 携帯を手に取ると、メールの着信を知らせるLEDライトが煌々と点滅する。
 ピンク色の点滅ということは彼女から――。


件名 :さっきはごめんなさい
本文 :本当に嫌いとかではないんです。
    でも、傷つけてしまったと思うから……。
    だから、ごめんなさい。

    明日、お昼ご飯を作りに
    仕事部屋へうかがってもいいですか?
    もし、お邪魔でなければ、一緒にいたいです。


 自分だって戸惑っているだろう。なのに、俺にしたことを省みてこんなメールを送ってくる。
 そんな余裕はないだろうに……。
 いや――余裕がないからこそ、だろうか。
 普段なら口にしないような言葉、"一緒にいたい"という文字が胸に刺さる。
 翠葉ちゃん、君は俺を振るつもりだろう? なのに、どうしてこんなメールを送ってくる?
 きっと、期限付きとでも思っているのだろう。
「……返信はしなくちゃいけないよな」
 そう思って返信画面を立ち上げた。


件名 :無理、してない?
本文 :警護は解除されたから、
    無理に来なくても大丈夫だよ。
    無理でなければ来てほしいけど、
    無理だけはしてもらいたくない。


 今、無理をすることでのちに引き摺ることになるのならば、今は無理をしてほしくない。
 ただでさえ色々と抱えている彼女に、これ以上のものを抱えてはもらいたくなかった。
 送信すると、数分で返事があった。


件名 :気持ち上では無理じゃないんです
本文 :一緒にいたいです……。
    でも、体が拒否反応を起こす……。
    でも、やっぱり側にいたいです。
    だから、明日はお邪魔させてください。


 ……本当に、いつもなら言わないことをすらすらと言ってくる。
 しょうがない……腹を据えるか。


件名 :了解
本文 :材料はどうする?
    言ってくれれば揃えて
    おくよ。


 そのくらいはさせてほしい。……と言ってもコンシェルジュに用意させるだけだ。
 しばらくすると、材料を書いたメールが届いた。
 材料を目に、何を作ってくれるのだろうか、と少し明日が楽しみになる。
 それでも、前置きはしておかなくてはいけないだろう……。


件名 :用意しておく
本文 :料理、楽しみにしてるね。
    それと、明日明後日は俺からは
    翠葉ちゃんに触れないし近寄らない。
    翠葉ちゃんが大丈夫だと思うなら
    翠葉ちゃんから寄ってきてほしい。

    どんな君でも好きだよ。
    今日はゆっくり休んでね。


 俺からは近づかないから、だから君から寄ってきてほしい。
 俺はいつだってここにいる。君さえ手を伸ばしてくれたらいつでもその手を取れるし、その覚悟はあるんだ。

 十時を回ってしばらくすると静さんから連絡が入った。
『今マンションに帰ってきたところだ』
「あぁ……すっかり忘れてた」
『おまえが飲みに付き合えと言ったんだろう?』
「そうでした……」
『なんだ、声が暗いのは気のせいか? まさか手を出して即効振られたとかじゃないだろうな?』
 なんてことを言ってくれるんだ、この人は……。
「ご期待に添えなくて申し訳ないんですが、違いますから。ちょっと予想外なことが起きただけです」
『まぁ、いい。うちへ来い。おまえが好きな茶色い液体を持って帰ってきた。クルーズから持ってきたからものはいいぞ」
 ……そりゃ、ホテルのバーから持ってきたとあらばものはいいでしょうよ……。
「すぐ行きます。俺、今日は管を巻く勢いあるんで覚悟してください」
『ずいぶんと物騒な物言いだな」
「えぇ、どうぞお楽しみに」
 そう言って携帯を切った。
 未だ部屋には明かりのひとつも点いていない。
 手を振り上げ反動で身を起こすと、洗面所へ顔を洗いに行った。