「先輩、ハーブ園のところがいいな」
 オーダーされなくてもそこへ行くつもりだった。
 ここはミントの背丈が高く、裏側に人がいても見えない。
 即ち、俺も翠も確信犯なのだろう。
「俺は裏ってこと?」
 とりあえずの確認。
「ピンポンです」
 翠は人差し指を立てて答えた。
 俺はハーブ園の裏に回り、花壇の縁に腰を下ろした。
 そうしていても、あちら側からは見えないくらいにハーブが茂っている。
 母さんが見たら、「蒸れちゃうから適度に刈らないとだめ」とハサミを手にするだろう。
 でも、このミントの香りはメンソールの香りに通ずるものがあり、好きだな、と思った。
 翠は今、間違いなく緊張しているのだろう。
 近くにいるとはいえ、この距離で俺ができることはなんだろう。
「数――」
 そうだ、翠にだけ聞こえる声量で数を数えよう。
 俺の声に気づいたのか、二クール目には自分の声に翠の声が重なった。
 ブゥン、と自動ドアが開く音。
 さぁ、俺はおとなしく透明人間になりますか――。