五時になると栞さんが夕飯を作りに戻ってきた。
 私は夕飯まで少し休み、蒼兄が帰ってきてから四人揃っての夕飯。
「そうだ、翠葉にって預かってきたものがある」
 そう言って蒼兄がかばんから取り出したものはクリアファイル。
「簾条さんが大学まで届けに来てくれたんだ」
 中には、今日の授業のノートと小さなメモ用紙が入っていた。


Dear. 翠葉

うちの学校、一時間の授業でかなり進むから、
次の授業までにノートに目を通しておいたほうがいいと思うわ。
今日の授業は私と飛鳥、海斗と佐野で分担してとりました。
海斗のノートはあてにならないから、あとで私のノートをコピーするわね。
体調はどう? お大事にね。

From. 桃華


 ルーズリーフをパラパラめくると、海斗くんがとってくれたであろうノートは余白が異様に多かった。
「……これはちょっとわからないかも」
 単語や訳がところどころに書いてあるくらいで、書いた本人もこれをあとで見て理解できるのだろうか、と思ってしまうようなノート。
 全体的に白っぽいノートの隅に一言のメッセージが記してあった。
「食うもの食って元気になれ!」。
 飛鳥ちゃんのノートは女の子らしい丸文字が並び、余白部分に「翠葉がいないと左隣が寂しいから早く学校に来て!」と書いてある。
 佐野くんがとってくれたノートはとても几帳面な文字がびっしりと並んでいた。そして、やはり余白部分にメッセージが書かれていた。
「御園生がいないと、隣の隣が葬式並みに暗くてうざったいから早く出て来てよ」と。
 隣の隣……?
 少し考え、それが飛鳥ちゃんであるとわかる。
 佐野くんとは一度も話したことがないけれど――クラス委員だから?
 ひとつの答えが導き出され、ひとまず納得した。
 最後のノートは桃華さんがとってくれたもの。
 それはとても見やすいノートで、授業を受けていなくてもこのノートさえあればすべてを理解することができる。そう思えるクオリティだった。
 余白には、「飛鳥が翠葉欠乏症とかわけのわからないこと言ってるから、学校に来たら抱きつかれることを覚悟しなさい」と書かれていた。
 思わず笑みが零れる。
 心があたたかくなるってこういうことを言うのかな?
 心がじんわりと、確かにあたたかくなった。
「いいクラスメイトね」
 お母さんに言われ、気持ちを噛みしめるように深く頷く。
「とても……優しい人たちなの」

 夕食のあと、課題でわからないところを蒼兄に見てもらい、十時過ぎにはお布団に入った。
 薬が効いたのか、ゆっくり過ごしたのが良かったのか、夜には熱も三十七度三分まで下がっていた。
 血圧の数値は依然低いものの、脈の乱れも落ち着いてきているそう。
 明日、学校に行ったら藤宮先輩と秋斗先生にお詫びとお礼を言いに行かなくちゃ……。
 そこまで考えて思う。
 あれ……? どうやったらふたりに会えるんだろう。
 蒼兄に訊くため、自室を出てすぐ左にある階段を上る。
 この階段をひとりで上るのは久しぶり。眩暈を起こして何度も転がり落ちたことがあるため、人が一緒のときにしか二階に上がることはない。
 階段を半分ほど上がると、足音に気づいたのか蒼兄が部屋から出てきた。
「いい、俺が下に下りるよ」
 すぐに制され、手をつないで階段を下りた。
「蒼兄、過保護すぎ……。私、学校では二階の教室に上がるし、帰るときや移動教室のときには下りるんだよ?」
 言うと、蒼兄は罰の悪い顔をした。
 でも、蒼兄の優しさは心地よくて、つい甘えたくなってしまう。
 それじゃいけないんだけど、でも、ずっと側にいてほしいと思ってしまう。
 階段を下り、リビングのラグに座らされた。
「どうした?」
「あのね、明日、藤宮先輩と秋斗……先生? さん?」
 呼び方に悩んでいると、蒼兄がクスクスと笑う。
「秋斗さんでいいんじゃないかな? 本職は先生じゃないし」
「……じゃ、秋斗、さん……」
 呼びなれない名前に少しドキドキした。
「そのふたりがどうかした?」
「うん。お詫びとお礼を言いに行きたいのだけど、どこに行ったら会えるかな、と思って……」
「じゃ、明日の昼休み、俺がそっちに行くよ。そしたら図書室にも入れるから」
「本当?」
「うん。お昼休みに二階テラスの図書棟入り口で待ち合わせよう」
「ありがとう」
 それだけ話すとおやすみの挨拶をして自室に戻った。