十一時五十七分――あと数分で日付が変わる。
 携帯を片手にどうするべきか悩む。
 ……もう寝てるだろうか。
 そんなことを考えていれば、あっという間に五十八分になってしまった。
 かけるか――。
 翠の番号を呼び出し通話を押す。
 コール音が鳴り始め、一回、二回、三回、四回、五回――切ろうとした瞬間にコール音が途絶えた。
『もしもし……?』
 小首を傾げていそうな声。
「こんな時間に悪い。寝てた?」
『いえ、明日から栞さんのおうちに一週間お泊りなので、その支度をしてました』
「そう」
『でも、こんな時間にどうしたんですか?』
 時計を見ると、すでに零時十三秒前。電波時計を見ながら、
「十、九、八、七、六、五、四、三、二、一……誕生日おめでとう」
 言ったことに対する反応が返ってこなくて羞恥心が襲う。と、そのとき――。
『もしかしてそれを言うためにかけてくれたんですかっ!?』
 それ以外に何があるんだ……。そもそも、俺がこんなことをする柄かどうかを考えてほしい。
 少しは何かを察しろ、と思う。でも、俺は言わないし、翠は絶対に気づかない。
『先輩が一番のり……。すごく嬉しかったです。ありがとうございます』
 携帯から嬉しそうな声が聞こえてきた。
 翠が嬉しそうに笑っているところを想像し、さっき思ったことは帳消し、と思う。
 でも、こんな空気の話題には自分が耐えられず、
「ところで、全国模試の古典と英語は大丈夫なの?」
 もう少し翠の声を聞きたいと思っても、探したところでこんな話題しか出てこない。
『あ、実は……秋斗さんの作ったノートを借りて勉強しているので、なんとかなりそうです』
「……それなら九十点台は採れると思う」
『本当ですかっ!?』
「つかなくていい嘘はつかない」
 この話題が終わってしまえばもう話すことはない。沈黙が訪れる前に、
「じゃ、用意済ませて早く休むように」
『はい。電話、ありがとうございました。嬉しかったです』
 その言葉を最後に通話を切った。
 俺は口数も少ないし、感情表現も乏しいかもしれない。それでも、この気持ちが伝わらないだろうか、と思う。
 が、今の翠に気づいてもらえたとして、結果は見えている。
 翠の目には秋兄しか映っていない。そんな状況で俺がどう動こうと、何もいい方向へは向かわないだろう。それなら、時を待つしかない。
 いつか自分の手に入れるために――。