「これなら食べられるんじゃないかと思って、静に頼んで作ってもらったんだ」
 テーブルに置かれたのはウィステリアホテルのケーキボックス。
「お父さん……ケーキは――」
 テーブルから身を引くと、
「ケーキじゃないんだ。桃のシャーベット」
 え……?
「藤原さんが、毎日いろんな果物の香りを病室に持ち込んでいたそうだよ。それで、桃とメロンは大丈夫みたいだって教えてくれてたんだ。柑橘系はすぐに顔が真っ青になるって言ってたかな?」
 嘘……。
「無理なら食べなくていいのよ?」
 お母さんがケーキボックスを開くと、シンプルなグラスカップにシャーベットが入っていた。
 蓋を開けるその瞬間までドキドキしていたけれど、漂ってくる自然な甘い香りに吐き気は感じなかった。