「悪い……ここまで来てもらってなんなんだけど、今の翠葉には会わせられない」
 そう、吐き出すように蒼樹さんが口にした。
「こんな弾き方しているときは、人と話せるような状態じゃないんだ」
「……これ、こんな曲じゃない」
 ポツ、と零したのは佐野だった。
「もっと厳かに静かに始まる曲で……こんな曲じゃ――」
「佐野くんはクラッシックに詳しいの?」
「詳しいというよりは、姉ふたりが音大出なんで……。この曲はラフマニノフ嬰ハ短調プレリュード。難しい曲だけど、こんな曲じゃないんです」
 私にはなんの話しだかさっぱりだ。
 原曲は知らないけれど、聞こえてくる曲はやけに音数が多い。しかも、音量が半端なかった。
「こんな弾き方してたら腕傷めますよっ!?」
 身を乗り出した佐野に、蒼樹さんは「大丈夫」と答えた。