人が増えると会話も増える。
 人が話している話を聞いていられるだけで満足だった。
 緊張を感じないでいられる時間が幸せだと思えた。
 当たり前に存在する時間を当たり前に過ごせることが幸せだと思えた。
 けれども、私を見ていた栞さんの目にはそうは映らなかったらしい。
「翠葉ちゃん、本当に食べる分量が落ちたわね」
「……でも、今だけですから。あと少しで梅雨も明けます」
 笑みを添えたけれど、心の中は不安でいっぱいだった。
「お薬飲んで横になるけど、お母さんが行くときには起こしてね?」
「わかったわ。ベッドまで一緒に行こうか?」
「ううん、そこまでしてもらわなくても大丈夫」
 そう言って、ひとり先に食卓から離脱した。
 自室に入り天蓋を閉める。
 今、自分の顔を人に見られるのが嫌で……。
 不安を顔に出さないようにしているつもりでも、きちんと隠せているのかには自信が持てなかったのだ。