翌朝学校へ行くと、昇降口で司先輩と会った。
 朝八時という時間にはあまり人に会わないのだけど……。
「いつもこの時間?」
「はい。車の渋滞のことを考えると、この時間が一番ちょうどいいみたいで」
「あぁ……」
「先輩とこの時間に会うのは初めてですよね?」
「生徒会の仕事が昨日で終わらなかったから」
「……校内展示会の?」
「そう。だいたいは貼り終えてるから暇なら見に来れば?」
「行ってもいいんですかっ?」
「別にかまわない」
「楽しみ……」
 教室へは寄らず、そのままの足で司先輩と一緒に食堂へ向かった。
 中二階へと続く階段を上り食堂に入ると、レッドカーペットが敷き詰められているフロアに出た。
 パッと見は普通のレストランとなんの遜色もない空間だった。
 そのフロアの中央に写真を貼った展示板が立ち並ぶ。
 食堂の出入り口に投票するための機械が置かれており、その機械に学生証のカードを通して写真の番号を入力すれば投票完了となる仕組みらしい。
 もう一度展示板へと視線を移すと、パネルいっぱいに貼ってある写真が目に付いた。
「先輩、あれ……球技大会の写真じゃないですよ?」
 それはテスト最終日、桜香苑でクラスメイトたちと写った写真だった。
 加納先輩が撮ったというだけあって、とてもいい写真に仕上がっている。
 これだけ大きく引き伸ばしても大丈夫だなんて、すごい……。
「あれは会長のわがまま。いわば客寄せパンダ的な写真」
 その言葉にまじまじと先輩の顔を見てしまう。
「何?」
「……先輩に客寄せパンダって言葉があまりにも似合わなくて……」
「……嵐が言ってた言葉をそのまま使っただけだ」
 少し気まずい空気が流れ、先輩は作業に加わり、私は遠くから展示板を眺めていた。
 すでに登校してきた生徒や朝練が終わった人たちで食堂はあふれ出していたから。
 しばらくの間、お昼休みの食堂はすごく混みそう。
 そんなことを思いながら食堂をあとにした。
 廊下を歩きながら考える。
「あれは放課後の空いている時間に見に行くのがいいかな……?」
 声に出すと、
「あら、じゃぁ今日行く?」
 と、背後から現れた桃華さんに話しかけられた。
「桃華さん、おはよう」
「おはよう。食堂、すごい人だったわね」
「うん」
「で、今日の放課後は?」
「今日はちょっと市街に行く予定があるから、明日でもいい?」
「……翠葉が市街に行くなんて珍しいわね? 明日なら茶道の日だからそのあとでもいいかもしれないわね」
 話はまとまり、明日の部活後に見に行くことになった。
「市街へはひとりで行くの?」
「そのつもりだったのだけど、秋斗さんと一緒に行くことになっちゃった」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど……。少し、どうしたらいいのかなって思ってるかも」
「……ま、会ってしまえばなんとかなるものじゃない?」
「そうだったらいいな」

 今日の七時限目は体育の授業だった。
 私は体育教官室で相変わらずレポート。
 チャイムが鳴って体育教官室から出てくると、男子生徒に呼び止められた。
 ジャージのラインがブルーだから二年生、かな?
 第一印象は困っている人。
 眉がへの字型でものすごく困っていそう。
「あの、良かったら付き合ってほしいんだけど」
「……どこに、ですか?」
「え? どこって?」
 逆に尋ねられて驚く。
 そこへ、
「翠葉ちゃんどうしたー?」
 体育館から出てきた春日先輩に声をかけられた。
 どうやら、春日先輩のクラスは体育館でバスケだったらしい。
「春日先輩、今お時間ありますか?」
「ん? あるけど?」
「あのですね、こちらの先輩、何かお困りみたいなんですけど、私、このあと秋斗さんと待ち合わせがあるのでちょっと急がなくちゃいけなくて……。お願いしてもいいですか?」
 春日先輩はその二年生に目をやる。
「お? 一ノ瀬じゃん、どした?」
 どうやら春日先輩の知り合いだったらしい。
 良かった……。
「春日先輩、よろしくお願いします。あと、そちらの先輩、お役に立てなくてすみません」
 軽く会釈して慌ててクラスへ戻った。
 今日はホームルームが終わったらすぐに図書棟の下へ行かなくてはいけない。
 いつも行動がのんびりな私にはちょっとしたハードスケジュールに思えた。
 ホームルームが終わって靴に履き替え図書棟まで行く。と、まだ秋斗さんは来ていなかった。
 自分が先に着いたことにほっとしていると、二階のテラスから賑やかな声が降ってくる。
 きっと展示会の効果だろう。
 普段なら、授業間の休み時間は教室を出る生徒がほとんどいない。けれども、この時期だけは例外ならしい。
 そして展示が始まると同時に、あちらこちらから視線を感じるようになり、とてもじゃないけれども落ち着けるのは教室内だけとなった。
 これがあと一週間も続くのかと思うと少しつらい……。
「一年の御園生さんだよね?」
 突然声をかけられてびっくりした。
「……はい」
 声をかけてきたのはクラスメイトではない。
 陽の光に当たった髪の毛は赤く発色し、短髪がツンツンとしている。
 こういう髪型で不良っぽく見えない人っているんだ……。
 ほかに情報を得られないのは、学校のジャージではなく部活ジャージを着ているから。
 これじゃ学年もわからないな……。
「あのさ、俺と付き合ってくれないかな?」
 今日はなんの日だろう?
 さっきの人にも同じことを言われた。
 けれども、さっきの人よりも困ってる感じは受けない。
「すみません。私、今人と待ち合わせをしているので、ここから動けないんです」
 お断りすると、
「え?」
 と、訊き返される。
 もう一度同じことを口にしようとしたら、
「翠葉ちゃん、ごめん。待たせたかな?」
 と、秋斗さんが階段を下りてきた。
「いえ、五分も待っていませんから」
「良かった。……で、こちらは?」
 訊かれて少し困った。
「何か用事があるみたいなんですけど……」
「そうなんだ。でも、もう出ないとだよね?」
 秋斗さんは時計を見て男子生徒に視線を移す。
「ごめんね。彼女、このあとの予定をずらすことができないんだ。ほかの人に頼んでもらえる?」
 秋斗さんが満面の笑みで話すと、その人は顔色を変えてすぐにどこかへ行ってしまった。
 断るときも笑顔なんて、やっぱり蒼兄とどこか似ている。
 そんなことを考えつつ、赤髪の人に対して申し訳なかったかな、と思う。
 顔色を変えるほどには急いでいたのかもしれないし、困っていたのかもしれない。
 でも、何分タイミングが悪かったのだ。
 秋斗さんについて図書棟の真裏にある駐車場へと向かい車に乗ると、すぐに市街へ向けて走り出す。
 藤宮学園から市街までは混まなければ十分ちょっとで着いてしまう。たとえ国道の渋滞にはまっても三十分といったところ。
 ウィステリアホテルのパーキングに入れると、駅前のデパートへ向かった。
 このデパートの中ウィステリアガーデンという私の好きな雑貨屋さんがある。
 ステーショナリーグッズから陶芸作品やガラスアイテムを取り扱っているお店。
 私の蒼兄へのプレゼントは毎年決まっている。
 ガラスの置物と焼き物のコーヒーカップ&ソーサー。
 かれこれ五年ほど続いているだろうか?
 最初はガラスアイテムだけだった。
 物はなんでも良くて、ペーパーウェイトや写真立て、ガラスのボールペン。
 そのとき私が気になるものをチョイスしてプレゼントしてきた。
 とくに青いものや透明なもの、緑のものをチョイスすことが多い。
 よって、蒼兄の部屋にはそんな置物を飾るディスプレイ棚がある。