眩しいと思ったら、小窓から差し込む光が自分の顔に当たっていた。
 その俺を見ている翠も眩しそうに目を細めるから、俺のほうが眩しい、と文句を言いたくなる。
 ……あともうひとつ。今なら訊けば教えてもらえるだろうか。
 黙りこまれることも想定して問いかける。
「バイタルチェックのこと、なんで話すの怖がった?」
 翠は少し困った顔をして、諦めたように口を開いた。
「……先輩が指摘したとおりです。どう思われるのかが怖かった……。これをつけることになったいきさつを話さないとなんかごまかしてる気がしてしまうし……。だからといって根本的な部分は自分が衝撃を受けたばかりだったから、それを話してどう思われるのかがすごく怖くて……」
 やっぱり"怖かった"か――。
「顔、上げて」
「無理です」
 こんなときばかり即答する。
 でも、引くつもりもない。
「それでも上げて」
 どうやら拒否らしい。
 黙秘権行使のうえにこれか――本当に手のかかる……。
 御園生さんの甘やかしすぎを責めずにはいられない。
 強硬手段で翠の目の前にしゃがみこむ。
 それでも翠の顔は見えない。
 髪、きれいだけどこういうときは邪魔だ。もしかして、顔を隠すために伸ばしてるんじゃないだろうな……。
 そう疑いたくなるくらい、翠はよく髪で顔を隠す。
 でも、こうすれば見える。
 顔を隠しているサイドの髪を耳にかけると、白い頬が露になった。
 そうされてもなお視線は落としたまま。
 本当に頑固で意地っ張り……。
 無理に視線を合わせると、その目が揺れた。
「もし仮に自殺願望があったとして、それを知ってもさっき言ったことに変わりはない。自分を大切にしてほしいと思う。死んではほしくない。生きていてほしいと思う」
 息をすることを忘れたみたいに少し口を開け、そのまま視線を合わせていると目に涙があふれだす。
 泣くなら泣け……。
「もし、誰かに変な目で見られたなら俺のところに来い。俺は変わらないから。それと簾条も。見方を変えることはないと思う」
 そう言うと、毛布ごとぎゅっと抱きしめた。
 自分がこんな行動に出るとは思わなかったし、何より自分が自分に驚いた。
 ただ、そのままにはしておけなかった。
 見ないでやる……。
 泣き顔は見ないでやるから、だから泣いていい。
 いくら目が大きくて表面積が広めでも、これだけ水分が出てきたら留めておけるものじゃない。
 水面張力にだって限界はある。
 そうは思いつつも、頭の端には御園生さんの顔が浮かぶ。
「……これ、御園生さんに怒られるんだろうな」
 翠を抱いたまま天井を見やる。
「え……?」
「事情はどうあれ、泣かしたことに変わりはない」
「先輩、大丈夫……。これ、嬉し涙だから……。嬉し涙っていうか、ほっとしたら涙が出てきちゃって……。先輩、ありがとうございました」
 あぁ、それもどうにかしたい。
 抱きしめたままに問う。
「それ、どうにかならない?」
「え?」
「藤宮先輩はやめてほしい。……言ったろ、もう少し近づきたいって」
「でも、なんて呼んだら……」
 腕から翠を解放して顔を見る。翠も俺の顔を見ていた。
 そうだな、願わくば――。
「司」
「却下です」
「……妥協して名前に先輩」
「司、先輩……?」
 首を傾げる翠にそれで決定と言わんばかりに言葉を投げかける。
「次に藤宮先輩って呼んだらペナルティつけるからそのつもりで」
 立ち上がり、翠に手を差し出す。
 翠は戸惑うことなく手を重ねた。
 ただそれだけの出来事。
 なのに、俺はどこかほっとしていた。

 仮眠室を出ると、仕事部屋の照明がひどくきつく感じた。
 翠もそう感じたのか、右手を顔の前にかざし光を遮る。
「暗闇の世界から生還おめでとう」
 照明並みに明るい秋兄の声。
 入る前と変わらず、ふたりはダイニングスツールに掛けていた。
「司、翠葉のこと泣かしただろ……」
 御園生さんに少しむっとした顔を向けられる。
 予想はしていたけれど、
「無事生還したってことでチャラで」
 と、その前を横切った。
 翠は物珍しいものでも見る顔で御園生さんを観察していた。
 ……この人、翠の前ではどれほど完璧な兄を演じてるんだか――。
 若干呆れた眼差しを御園生さんに向けると、
「翠葉、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。司先輩が珍しく優しかったから、なんだか得した気分だった」
 翠の言葉にいち早く反応したのは秋兄。
「翠葉ちゃん……司の呼び方変わった?」
「はい。本当は同い年だから先輩をつけて呼んでほしくないって言われたんですけど、それだとほかの人にも年がばれちゃうから、司先輩で妥協してもらうことになりました」
「そっか……。司、どさくさに紛れて距離縮めたな」
「さぁ、なんの話だか……。俺、生徒会の仕事に戻るから」
 御園生さんを前にして防壁が取れた翠をもう少し見ていたいと思った。
 けど、これ以上秋兄にいらぬことを言われるのは嫌で、図書室へ戻ることにした。
 いつか、御園生さんの前で見せるような笑顔を自分にも向けてもらえるだろうか――。